日本侠客伝 関東編
稲妻のような、獅子のような男の中の男を描く日本侠客伝
1968年 カラー シネマスコープ 109min 東映東京
企画 俊藤浩滋/日下部五朗 監督 マキノ雅弘 脚本 村尾昭/笠原和夫/野上龍雄 撮影 吉田貞次
音楽 斎藤一郎 美術 富田次郎 録音 野津裕男 照明 和多田弘 編集 河合勝巳
出演 高倉健、南田洋子、長門裕之、待田京介、大木実、北島三郎、藤純子、鶴田浩二、丹波哲郎
天津敏、遠藤辰雄、原健策、加賀邦男、東龍子、山城新伍、曽根晴美、田中春男、加藤浩、汐路章

マキノ雅弘が監督した“日本侠客伝”シリーズ第3作目。かねてよりマキノ監督はヤクザしか出て来ない映画を嫌い、一般市民を描く事によって生活感を画面に出そうとしていた。鯔背な男の世界と粋との違いを表現しようと主人公の背中には刺青をせず真っ向から悪に立ち向かうヒーローを作り上げる事に成功した。「日本侠客伝」で既にコンビを組んでいた村尾昭、笠原和夫、野上龍雄が共同シナリオを執筆。第1作目では封切りまで時間が無いため、おおまかな筋立てを決めてから、3人が各々得意なパートを書くという手法を取った。今回もその手法を用いて築地魚河岸を舞台とする大群像劇を見事にまとめあげた。撮影は「宮本武蔵 巌流島の決斗」の吉田貞次が担当し、クライマックスの築地市場における大乱闘シーンは迫力とスピード感溢れる映像を生み出した。また、築地市場内の魚河岸小売店や水揚げ人足らの長屋など風情溢れるセットを作り上げたのは「緋牡丹博徒花札勝負」でも手腕を発揮した美術の富田次郎。

風来坊船乗り緒方勇(高倉健)は、築地魚市場を牛耳ろうとする協同組合理事長郷田勢之助(天津敏)と新興ヤクザの石津組との間で対立する老舗間屋“江戸一”で働くことになった。創業者なきあと長女の栄(南田洋子)が妹の光子(藤純子)と共に、きりもりしていたが、郷田と石津組からの嫌がらせや営業妨害で商売は思わしくなかった。水揚げ職人の松夫(長戸裕之)は、そんな“江戸一”の味方となっていたが、石津組は“江戸一”だけではなく、組合に入らない小売商人を脅かして、仕事の妨害を始め窮地に追い込んでいた。次第に、市場の魚は小売店には行き渡らなくなり、高値の魚を郷田から買わざるを得なくなっていた。そんなある日、石津組のヤクザに嫌がらせをされていた光子と松夫を朝鮮から帰って来た栄の幼なじみである渡世人、江島勝治(鶴田浩二)が救った。郷田のやり方を耳にしていた江島は、生まれ育った築地の人々を救うべく戻って来たのだった。その頃、カナダ船が大量の鮪を売りたがっているという取引きに栄たち小売商たちは希望をもったが、郷田の指し金で水揚は禁止された。最後の希望も無惨に打ち砕かれ、怒り心頭に達した松夫は、石津組親分に銃口を向けた。そこを通りがかった江島は、“江戸一”の恩に報いるために事件の責を代わりに負って身を潜める。しかし、あくどさを増す郷田らのやり方に、遂に見兼ねた三谷(大木実)は小揚組合の公金を栄に渡し、網元との直接取引をすすめた。焼津の網元頭八十川(丹波哲郎)との取引に直接赴いた勇だったが、昔のよしみで商談を成立させた。だが、郷田は最終手段で市場への入場を妨害するという手段に訴え、遂には勇や三谷ら小揚組合員も加勢して魚河岸は大乱闘となる。時を同じくして松夫は郷田の事務所に単身殴り込みをかけるが、逆に相手の銃弾に倒されてしまう。江島と勇は郷田たちに向かって刃を振り上げる。壮絶な乱闘の末、郷田たちを倒し、魚河岸も元の姿に戻っていった。

マキノ雅弘監督の「画面の中における俳優の配置」って実にカッコいい。人物の対比というか、このシーンでは誰を引き立たせるか…という綿密な計算の元にひとつの絵の中に納まっている。特に男優をいかにカッコ良く見せるか?その撮り方をよく心得ているもんだ…と、本作を観ながらつくづく感心したものだ。まだ、貫禄も無く、無軌道に突っ走る熱い若造だった高倉健が、肝の据わった大御所、鶴田浩二と同じフレームに入った時、この対照的な二人の男の面構えに思わずため息を漏らした事を覚えている。それは、二人が大スターだったからではない。もっとヒヨッコの寿司職人を演じた北島三郎と鶴田浩二のツーショットにしても同じ事が言える。かつては、極道の世界で鶴田演じる男を兄貴と慕っていた北島演じる弟分…今では堅気となってまっとうな生活を送っている男と住む世界が異なっている二人の男を表情ひとつで語り尽くしてしまう映像の話術。これは、マキノ監督しかできない俳優の見せ方だと思う。だからこそ、オールスターキャストの映画でも、いちいち登場人物の説明やら解説を言葉でする事無く、上手に整理できるのであろう。普通のオールスターキャストの映画であれば、これだけの大スター達にまんべんなく説明を加えていたら2時間半はかかってしまうだろう。それを、当時の二本立て週替わりのプログラムピクチャーとして製作するのだから、割愛しつつ見せ場を作る技術が必要だったのだ。
すでに日活時代に夫婦となっている長戸裕之と南田洋子の共演を心憎いセリフをあしらって演出してたり、物語も中盤を過ぎた当たり、絶妙なタイミングで丹波哲郎を出して来るあたり呼吸はマキノ監督ならではの巧みな技だ。オールスターの任侠映画の面白さというのは観客が観る前に、誰がどんな役で出て来るのか?と、予想する事も醍醐味。いつまでたっても出て来ないと次第に観客も落ち着きがなくなってくる。このギリギリの線を突いてくるのがマキノ監督の手法なのだ。悪徳ヤクザが良識ある一般市民を苦しめる、市民はギリギリまで耐えて耐えて、必死に抵抗し、自分たちの信念を貫こうとする。こうした人々を助けるのが船員として流れ着いた健さんであり、さらに健さんをサポートしてくれるのがベテラン俳優陣たち。特に鶴田浩二は、量産された任侠映画にマヒしていても、やっぱり格の違いに改めて驚かされる。そうなのだ、東映任侠映画の素晴らしいところは、新しいスターをベテランスターが応援して育て上げるというスタイルが確立されているところだ。一作目では中村錦之助がそうであったように、今回は鶴田浩二が高倉健の良きサポーターとして付いている。勿論、その後健さんも同様に新しいスター藤純子の緋牡丹シリーズに客演として参加するのだ。築地の魚河岸を舞台に部外者たちが弱きを助ける…クライマックスの殴り込みシーンもさることながら天津敏にボコボコにされながらも無抵抗で立ち向かう健さんの姿を今のキレ易い子供たちに観てもらいたいものだ。
数多くのオペレッタ時代劇を演出して来たマキノ監督らしく、北島三郎が歌う主題歌や挿入歌といった歌詞によって男の心境を語るという演出は最高!
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