秋刀魚の味
嫁ぎゆく娘の幸せを暖かく見守る父の慈愛!

1962年 カラー スタンダードサイズ 113min 松竹(大船撮影所)
製作 山内静夫 監督、脚本 小津安二郎 脚本 野田高梧 撮影 厚田雄春 音楽 斎藤高順
美術 浜田辰雄 照明 石渡健蔵 編集 浜村義康 録音 妹尾芳三郎 スチール 小尾健彦
出演 笠智衆、岩下志麻、佐田啓二、岡田茉莉子、中村伸郎、三宅邦子、三上真一郎、北龍二
環三千世、東野英治郎、杉村春子、吉田輝雄、加東大介、岸田今日子、高橋とよ、菅原通済
織田政雄、浅茅しのぶ、牧紀子、須賀不二男


 戦後の小津安二郎監督は年に一本のペースで作品を発表していた。そしてそれらは、“秋の芸術祭”用のものであり、芸術院賞、文部大臣賞をはじめとする数々の賞に輝き、名実共に日本映画を代表する巨匠となっていった。生涯独身で通した小津は、野田高梧と共に次回作として本作の構想を練っていた昭和37年の2月に最愛の母を失った。学制ものや小市民劇、下町人情劇といった様々な型式を採りながらも、小津の映画には人生に対する悲哀感が表現されていた。それが親と子を中心に描くようになるとその要素も次第に増幅されるようになり『一人息子』のファーストタイトルに見られる「人生の悲劇の第一幕は親子になったことにはじまっている」というモチーフが作品の大きなウエイトを占めるようになった。戦後の『晩春』以降、上品な家庭における父娘、母娘の関係を通して、娘を嫁にやるというそれだけの物語展開の中に、様々な不自然な型式と演出によって実験を試み、それを繰り返して来た。その結果として、本作における老人の孤独地獄は、どの作品よりも強く描かれている。翌昭和38年、次回作の『大根と人参』を準備しながら、60歳の誕生日にその生涯を閉じた。


 細君と死別して以来、娘の路子(岩下志麻)と次男の和夫(三上真一郎)と共に一軒家で暮す平山周平(笠智衆)はこれという不満もなく仕事にいそしむ真面目なサラリーマンだ。近くの団地には既に結婚し離れて暮す長男の幸一(佐田啓二)がおり、皆それぞれ幸せな毎日を送っていた。ある日、中学時代から仲のよかった河合(中村伸郎)と堀江(北龍二)といつもの小料理屋“若松”で呑む席で二十四歳になる路子を嫁にやれと急がされる。まだ嫁にやるには早いと思っていた平山だったが、中学時代の同窓会で恩師である佐久間老先生(東野英治郎)の娘伴子(杉村春子)の話しが出た。早くに母親を亡くしたために今期を逃したまま未だに独身で、先生の面倒を見ながら場末の中華ソバ屋をやっているというのだ。先生を送りがてら、平山はその店で疲れ果てた表情の伴子に出会う。先生の店で偶然、再会した戦友(加東大介)に誘われて行ったバー“かおる” のマダム(岸田今日子)が亡き妻に似ていたことに平山は心をひかれるのだった。再び老先生と呑んだ夜、帰宅した平山は路子に結婚の話を切り出した。今日まで放っといて急に結婚の話しを切り出す父に路子は、軽く受け流すのだった。しかし路子は、密かに幸一の後輩の三浦(吉田輝雄)を想っているらしく、幸一がそれとなく三浦を呼び出して探ってみると、三浦はつい先頃婚約したばかりだという。その事を告げると、口では強がりを言っていても、ショックを隠し切れない路子は河合の細君がすすめる相手とお見合いの決心をする。ある晴れた日、静かに嫁いでいった路子を見送る平山だったが、路子のいない家に帰ると心にポッカリ穴があいたように虚しく、暗い台所で酔いつぶれるのだった。


 小津安二郎監督、最後のカラー作品…もう、多くを語る必要はないであろう小津監督の最高傑作として賞賛され続けている本作は、同時にデビュー間のない岩下志麻の演技力を広く知らしめる事となった作品でもある。異論は無いだろうが、本作は戦後という言葉が、死語ともなりかけていた高度経済成長期の時代に一人娘を嫁がせるまでの父親の孤独を描いたホームドラマだ。昭和30年代も半ばを過ぎると新しい文化が流入し、日本人は、ささやかな生活から豊かな生活を求め始めた。まるで10年前に戦争があった事を忘れたかのようなリセットされた時代が、本作で描かれている時代だ。昭和ブームの現在では、随所に出て来る当時の風俗や習慣は、興味深く観る事が出来るだろう。佐田啓二と岡田菜莉子演じる長男夫婦が冷蔵庫を購入するのに一大決心をする…等という下りは、切実ながらも微笑ましいエピソードだ。
 それまで戦前・戦中…と庶民の生活を描いて来た小津監督にとって、本作の作風が明らかにそれまでとは異なって見えるのは単なるカラーとなったから…だけとは思えない。既に映画の中で小津監督の描きたい対象(興味のある対象と言った方が良いか…)が消え始めていたのかも知れない。新興住宅地として団地が並び、生活スタイルが変化すると共に、ご近所付き合いだけに限らず家族の付き合いも変わり、戦中を生きて来た笠智衆のような親父たちは、家庭ではなく路地裏にあるようなスナックや小料理屋に居場所を見出していたのだ。だからであろうか、小津監督は男たちが集まって飲む小料理屋のシーンを何度も丹念に撮っている。笠智衆が友人たちと奥の座敷で、肴を一口つまんでは日本酒をチビリ…と、やりながら、さして重要でも無い会話を楽しむ。飲めない筆者ですら旨そうに思える小料理屋のシーンには監督のこだわりが感じられるのだ。また、笠智衆が恩師の店で偶然に再会した戦争時に同じ駆逐艦の部下だった加東大介とトリスバーで軍艦マーチをかけながら昔を懐かしむシーンが印象に残る。「もし日本が勝っていたら目玉の青い奴が髪を結って三味線ひいてますよ。ざまあみろってんだ」という加東大介のセリフにリアリティを感じる程、このシーンで戦後の日本が続いていることを認識させられる。周囲の風景や人付き合いが変わっても、戦争を体験した人間がいる限り、戦後は続いているという事だ。
 後半は、前述した通り娘が嫁いで行く日までを描いており、それまで娘が嫁に行く事など真剣に考えていなかった笠智衆演じる父親が、嫁に行かず亡き母の代わりに家の面倒を見続けた恩師の娘(杉村春子が最高のタイミングで最高の演技を短時間で披露する)の年老いた姿を見て考えを改める設定は上手い。それだけ杉村春子が演じた人生を父親のために犠牲にしてしまった娘の無惨な姿は笠智衆にとってショッキングでなくてはならなかったのだ。同様に、岩下志麻演じる娘路子もまた亡き母に代わって父と弟の面倒を見ている。無表情に近い岩下志麻は淡々とした口調で酒臭い息をして遅くに帰宅する父を嗜めるのだが、何とも優しい表情と凛とした物腰に、まだデビューして間もないとは思えない程の堂々とした風格に大物の片鱗を充分に感じ取れる。結婚を考えていなかった彼女がようやく意識した男性に恋人がいると聞かされた時も少しだけうつむいて平気な顔をしておきながら、部屋でこっそりと泣いている…そんな時に見せるキリッとした表情。彼女の固く結ばれた唇が印象的で、その唇を効果的に見せるためにも本作はカラーでなくてはならなかったのだ。

トリスバーで日本が勝っていたら…と嘆くかつての部下、坂本に「けど、負けてよかったじゃないか」と言う平山に対し「そうかも知れねえな…。馬鹿な野郎が威張らなくなっただけでもね」と納得するのだった。戦争の話題がまだ身近だった時代のセリフだ。


レーベル: 松竹(株)
販売元: 松竹(株)
メーカー品番: DA-290 ディスク枚数:1枚(DVD1枚)
通常価格 3,591円 (税込)

昭和35年(1960)
秋日和

昭和36年(1961)

あの波の果てまで
好人好日
京化粧

昭和37年(1962)
千客万来
切腹
秋刀魚の味  

昭和38年(1963)
古都
風の視線
島育ち
結婚式・結婚式
結婚の設計

昭和39年(1964)
いいかげん馬鹿
暗殺
五辧の椿
大根と人参

昭和40年(1965)
雪国
暖春

昭和41年(1966)
春一番
暖流
紀ノ川
処刑の島
おはなはん

昭和42年(1967)

春日和
智恵子抄
激流
あかね雲
女の一生

昭和43年(1968)
爽春
祇園祭

昭和44年(1969)
心中天網島
赤毛

昭和45年(1970)
無頼漢
影の車

昭和46年(1971)
内海の輪
婉という女
黒の斜面
嫉妬

昭和47年(1972)
影の爪

昭和49年(1974)
卑弥呼

昭和50年(1975)
桜の森の満開の下

昭和51年(1976)
はなれ瞽女おりん

昭和53年(1978)
雲霧仁左衛門
鬼畜

昭和56年(1981)
悪霊島

昭和57年(1982)
鬼龍院花子の生涯
疑惑

昭和59年(1984)
北の螢

昭和60年(1985)
魔の刻
聖女伝説

昭和61年(1986) 
近松門左衛門鑓の権三
極道の妻たち

昭和63年(1988)
桜の樹の下で

平成2年(1990)
極道の妻たち
 最後の戦い
少年時代

平成3年(1991)
新極道の妻たち

平成5年(1993)
新極道の妻たち
 覚悟しいや

平成6年(1994)
新極道の妻たち
 惚れたら地獄

平成7年(1995)
極道の妻たち
 赫い絆
鬼平犯科帳

平成8年(1996)
霧の子午線
極道の妻たち
 危険な賭け

平成10年(1998)
極道の妻たち 決着

平成15年(2003)
スパイ・ゾルゲ



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