五瓣の椿
処女の白い肌が鬼気をはらんで男にせまる…

1964年 カラー シネマスコープ 163min 松竹(大船撮影所)
製作 城戸四郎、杉崎重美 監督 野村芳太郎 脚本 井手雅人 原作 山本周五郎 撮影 川又昂

美術 松山崇、梅田千代夫 音楽 芥川也寸志 編集 浜村義康 衣裳 柳生悦子 照明 三浦礼
出演 岩下志麻、田村高廣、加藤嘉、左幸子、加藤剛、岡田英次、山岡久乃、大辻伺郎、穂積隆信、
千之赫子、伊藤雄之助、平松淑美、楠田薫、諸角啓二郎、江幡高志、早川保、青山宏、村上記代、
高橋とよ、入川保則、柳沢真一、河野秋武、山本幸栄、谷晃、小沢昭一、渡辺篤、稲川善一、久美悦子、木村俊恵、西村晃、上田吉二郎、市原悦子、進藤恵美、永井智雄、水木凉子、沢村いき雄 


 「香華」につぐ松竹秋の超大作として製作された本作は、井手雅人の脚本を得て野村芳太郎監督により6ヶ月の製作日数と、総製作費1億千万円、衣裳1800点(衣装代のみで1千万円)、かつら代200万円等、各部門で膨大な予算が費やされた(公開当時のプレスシートによる)。また2千坪に及ぶ敷地に建てられた檜作りの“むさし屋 白河端の寮”や“江戸時代の日本橋界隈の街並”等のオープンセットは、松竹大船撮影所始まって以来のスケールと言われ、建造に28日間、費用1600万円を費やした。特に“むさし屋 白河端の寮”は、父の遺体を前に母親と対峙するおしののヤマ場といえるシーンが撮影されるだけに撮影も慎重に行われた。また力を注いだのが色彩であり、美術の松山崇、梅田千代夫と衣裳の柳生悦子が色彩についての検討を繰り返し行った。撮影の川又昂は、こうした色彩の再現に専念し、ワンシーンに数十基のライトを使用する等、細部に至るまで徹底的にこだわった。主演に、初めての悪女を演じる事となった岩下志麻を迎え、純情な娘役を演じて来た彼女にとって本作が新境地となった。本作の演技は高く評価され、その年のブルーリボン主演女優賞を始めとする様々な賞を獲得した。


 ある晩秋のこと、人気絶頂の三味線弾き岸沢蝶太夫(田村高廣)は、身元不明の娘おりう(岩下志麻)によって殺され、枕許に一片の椿が残されていた。続いて、京橋水谷町に看板をあげ、不当な薬礼によって利益をを得ていた本道婦人科・海野得石(伊藤雄之助)もまた、正体不明の娘おみの(岩下志麻)によって殺されてしまう。やはり現場に残されたのは、同じ兇器の銀かんざしと椿の花であった。その数ヶ月前、本所亀戸天神のむさし屋喜兵衛の寮が燃え、焼跡から結核におかされた当主喜兵衛(加藤嘉)と、妻おその(左幸子)、娘おしのの焼死体が発見されていた。八丁堀の若い与力青木千之助(加藤剛)は、料亭かね本の女中、お倫が一連の殺人犯ではないのかと疑いを持った。しかしお倫は裕福な家庭の娘で、婚約者の清一(小沢昭一)という男がいたのだった。その後、青木がお倫の家を訪ねてみると、全くの偽りで、更に婚約者と名乗っていた三人目の男清一が殺されてしまう。数日後、青木のもとに、あと二人を殺したら自首して出るという書状がおしのより届いた。かつておしのは、父の遺骸の前で男と姦通する母から「本当の父は、日本橋の袋問屋丸梅の源次郎」と聞かされ、怒りに駆られたおしのは、家に火を放ち母を焼き殺したのだ。おしのが殺そうとしている男の一人は、母の姦通の手引きをした中村座の佐吉(西村晃)であり、もう一人は実の父親源次郎(岡田英次)であった。佐吉を殺したおしのは残った源次郎を誘い、自分の素性を明かすのだった。事実を知り、顔面蒼白になった源次郎に、実の娘を犯そうとする男の醜さをなじり、彼を殺さずに去っていった。おしのは、自首をし、全ての事実が明らかになったため、源次郎の悪行が知れ渡り、女房は首をくくって他界してしまう。これを聞いたおしのは、罪なき人を死に追いつめた苦しさから鋏をとって、牢獄にて自らの生涯を閉じたのだった。


 それまで可憐な娘役を演じて来た清楚で純情なイメージが強かった岩下志麻が、可愛いだけの女優から、芯に一本筋の通った、したたかで、悪女の部分を兼ね備えた“女”優へと変化する分岐点となったのが本作ではなかろうか?山本周五郎の時代小説を野村芳太郎が監督し、本作以降監督とのコンビは何年も続く事になるのだが、この時既に彼女の中に魔性の魅力を監督が見出していたとしか思えない程、今までに無い凄みを引き出していた。病に伏した父を尻目に次々と男遊びに興じていた母親を家に火を放って焼き殺してから、母と関係を持った男たちに復讐する彼女の姿は、哀れでありつつ、反面夜叉のような恐ろしい表情を見せる。普段の顔つきが優しい岩下志麻だけに、狙った男に正体をばらし簪をふりかぶる時に突然目が吊り上がる…この一瞬の変貌がまるで歌舞伎を見ているようだ。彼女の手に掛かる…つまりは母親と逢瀬を楽しんでいた男たちも個性的な顔ぶれを揃え、次は誰が出て来るのかな?…等と先の展開を楽しめるのがいい。この男たちは本当にロクでもない連中ばかりで、他にもたくさんの恨みをかっているという設定が面白い。中でも、 2番目に殺される整体医師を演じた伊藤雄之助は最高のキャラクターで、早々に殺されてしまうのが惜しいくらい。とにかく、手当り次第に女を抱き、自分の欲望を満たすために女郎屋まで経営しているというとんでもない医者なのだ。そして、忘れてはならないのは、当事者である母を演じた左幸子の演技。特に夫の遺体を前に娘と対峙するシーンの彼女は人間の業を剥き出しにした、この世のモノとは思えない程の存在感を見せた。
 野村芳太郎の演出と構成が見事に長尺の映画をスッキリと手際よくまとめあげているのが見事。真ん中に休憩を挟む大作でありながら、前半と後半で岩下志麻の心の推移と葛藤が描き分けられているのだ。冒頭いきなり田村高廣演じる母と関係のあった三味線引きを殺し、続いて伊藤雄之助…と、彼女の復讐劇を見せてから、時間をさかのぼりモノローグで母との関係を説明する。そのおかげで、複雑な人間関係が整理され最後まで退屈する事無くエンターテイメントとして楽しめるのだ。彼女の手口は男をその色香で誘い、床の上で殺害する。彼女が男の胸に簪を突き立てる時に見せる切な気な表情が実に色っぽく、不謹慎ではあるがエロティシズムに溢れている。
 彼女が病床に伏した父が忌まわの際まで隠そうとした真実…岩下志麻が実は母と別の男性との間に出来た子であるという事が、後半のクライマックスになるわけだが、ここでも彼女は実の父親でありながら、幸せな家庭を崩壊させた男として誘惑する。自分の実の娘とも知らずに、欲望のままに誘惑に乗ってしまう男を演じた岡田英次が、事実を知った時、ギリシャ古典劇のような悲劇的な結末が用意されている。亡き父を想うが故に復讐を繰り返す純情な娘…しかし、彼女の体には男遊びに狂っていた淫乱な母親の血が流れているという二重の苦しみ。全てが終わった時に彼女が選択する手段はあまりにも切なく、しかし彼女の魂が解放された瞬間として鎮魂的なエンディングが用意されている。

「夕方になると、何か一途に思い詰めると、身体の中からこんなに火照ってくるの…私、もうすぐ死ぬんだわ…」殺そうと思った男の腕の中でささやく岩下志麻。エロティシズムに溢れたシーンでのセリフだ。


レーベル: 松竹(株)
販売元: 松竹(株)
メーカー品番: DA-0246 ディスク枚数:1枚(DVD1枚)
通常価格 3,591円 (税込)

昭和35年(1960)
秋日和

昭和36年(1961)

あの波の果てまで
好人好日
京化粧

昭和37年(1962)
千客万来
切腹
秋刀魚の味  

昭和38年(1963)
古都
風の視線
島育ち
結婚式・結婚式
結婚の設計

昭和39年(1964)
いいかげん馬鹿
暗殺
五辧の椿
大根と人参

昭和40年(1965)
雪国
暖春

昭和41年(1966)
春一番
暖流
紀ノ川
処刑の島
おはなはん

昭和42年(1967)

春日和
智恵子抄
激流
あかね雲
女の一生

昭和43年(1968)
爽春
祇園祭

昭和44年(1969)
心中天網島
赤毛

昭和45年(1970)
無頼漢
影の車

昭和46年(1971)
内海の輪
婉という女
黒の斜面
嫉妬

昭和47年(1972)
影の爪

昭和49年(1974)
卑弥呼

昭和50年(1975)
桜の森の満開の下

昭和51年(1976)
はなれ瞽女おりん

昭和53年(1978)
雲霧仁左衛門
鬼畜

昭和56年(1981)
悪霊島

昭和57年(1982)
鬼龍院花子の生涯
疑惑

昭和59年(1984)
北の螢

昭和60年(1985)
魔の刻
聖女伝説

昭和61年(1986) 
近松門左衛門鑓の権三
極道の妻たち

昭和63年(1988)
桜の樹の下で

平成2年(1990)
極道の妻たち
 最後の戦い
少年時代

平成3年(1991)
新極道の妻たち

平成5年(1993)
新極道の妻たち
 覚悟しいや

平成6年(1994)
新極道の妻たち
 惚れたら地獄

平成7年(1995)
極道の妻たち
 赫い絆
鬼平犯科帳

平成8年(1996)
霧の子午線
極道の妻たち
 危険な賭け

平成10年(1998)
極道の妻たち 決着

平成15年(2003)
スパイ・ゾルゲ



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