鬼畜
この悲しみに言葉はいらない!清張・野村が現代社会に追う父と子の愛の絆―

1978年 カラー ワイド 110min 松竹
製作 野村芳太郎、野村芳樹 監督 野村芳太郎 脚本 井手雅人 撮影 川又昂 音楽 芥川也寸志
美術 森田郷平 録音 山本忠彦 照明 小林松太郎 編集 太田和夫 原作 松本清張
出演 緒形拳、岩下志麻、小川真由美、大滝秀治、加藤嘉、田中邦衛、蟹江敬三、穂積隆信
大竹しのぶ、浜村純、鈴木瑞穂、山谷初男、石井均、江角英明、岩瀬浩規、吉沢美幸


 推理界の巨匠松本清張が、野村芳太郎とコンビを組み、松竹が“清張・野村フェア”と称して一大キャンペーンを展開した第一弾。本作は昭和32年に知り合いの検事から聞いた事実をもとに書き下ろした傑作短編である。昭和33年の『張り込み』以来、数々の松本清張推理小説を映画化、各々成功をおさめて来た野村監督は、小説が発表された当時から映画化を構想し、井手雅人が数回にわたり推敲を重ねて来た問題作である。いたいけな子供ながらキチンとした性根を持ち、父を思い続ける息子と環境に流されて正気を失う弱い父親。大人と子供の世界を比べながら、切っても切れない親子の絆が衝撃と感動の涙で描かれる。ロケ地には埼玉の小江戸として名高い川越からクライマックスの断崖シーンは能登金剛一帯が選ばれ、長年にわたって野村監督作品で撮影監督を勤めた川又昂のカメラが叙情豊かにそれらをフレームに収めている。また音楽にはオランダのストリートオルガンが使用され本作の持つ独自のムードを作り上げた。主演にそれまで舞台をメインとして活躍していた緒形拳を迎え、その妻に野村監督とコンビを組んできた岩下志麻が扮している。当初出演を渋っていた緒形拳を岩下志麻が説得して承諾を得て自身も鬼気迫る演技を披露した。


 川越市で印刷屋を開いていた竹下宗吉(緒方拳)と妻・お梅(岩下志麻)の元にある日、料理屋の菊代(小川真由美)が三人の子供を連れてやってきた。その子供たちは宗吉と菊代の間に出来た隠し子で手当を貰えなくなった菊代が、利一(六歳)良子(四歳〉庄二(一歳半)を連れて宗吉の家に怒鳴り込んで来たのだ。そして菊代は、子供たちを宗吉に押しつけて蒸発してしまう。子供の産めないお梅は子供達と宗吉に毎日のように当り散らした。ある日、寝ている末っ子庄二が顔の上にシートが被さり窒息ししてしまう。シートを被せたのは、お梅の仕業ではないか?…と、思う宗吉に向かって「あんたも一つ気が楽になったね」と言うお梅の言葉に戦慄を覚える宗吉だった。子供さえいなければ…宗吉は続いて長女の良子を東京タワーへ連れて行き、置き去りにしてしまう。長男の利一は妹がいなくなったのを不審がる。数日後、宗吉は新幹線に利一を乗せ、北陸海岸に旅をする。父との旅行で遊び疲れ眠りこけた利一を宗吉は断崖から崖下に突き落としてしまう。翌朝、絶壁の途中に引掛っている利一は、近くの漁師に救出され一命を取り留める。警察は利一が何ものかに突き落とされ、しかも犯人をかばっていると判断した。利一の持っていた印刷場で使用する石版用の石から宗吉が犯人と判断した警察に利一は「よその人だよ、知らないよ、父ちゃんじゃないよッ」と涙ながらにかばい、その姿を見た宗吉は手錠がかかった手を合掌しながら「かんべんしてくれ!」と涙を流して絶叫するのだった。


 本作に出ている岩下志麻ほど“怖い…”と思った女優は後にも先にもいなかった(これは平成に年号が変わった現在でも記録を更新中である)きっと、これからもこんなに恐ろしい演技を見せる女優は出て来ないだろう。それまで、確かに彼女は数々の悪女を演じてきたが、それはヤクザの姉御だったり元締だったり…人を殺したとしても復讐に燃える女性であって、そのどれもが怖くて当たり前の設定であった。しかし…今回は違う。彼女が演じる町工場を夫と一緒に切り盛りしている中年女性は、従業員に慕われる気っ風の良い女将さんなのだ。それが、緒形拳演じる夫に愛人がいて、その間に出来た3人の子供を押し付けられた時に人格が豹変してしまう。演技とは言え、幼い子供を怒鳴るのは序の口…今でも忘れられないのが、幼い末っ子の口に無理矢理ごはんをねじ込むシーンだ。泣き叫ぶ男の子の表情がしばらくは夢に出て来るほど…。岩下志麻本人も台本を読んだ時に怖くて眠れなくなったと語っているのも頷ける。小川真由美演じる愛人が出現して子供を置いていってから全編ヒステリックにわめき散らす演技は、観ているコチラも苦しくなる。…っていうか、どこまでが演技なのか分らない。子供たちは本当に怯えているようにしか見えないし、子供相手に加減した演技をしているようにも思えない。事実、彼女の自伝の中でこのシーンでは本当に子供が怯え大声で泣いていたという。本人は、役柄とは言えかなり辛かったらしいが…これが岩下志麻という女優の凄さなのだ。
 公開当時はあまりにもセンセーショナルな内容でかなり話題になった本作。確かに児童虐待や捨て子…果てには子供殺しと、映画にするにはあまりにも重すぎる内容を野村芳太郎監督は、緒形拳という俳優の特徴を充分に活かし切ないラストシーンに多くの観客の涙を誘った。本作の緒形拳は実に素晴らしい。おどおどした気の弱い工場の経営者で愛人にも妻にも頭が上がらない…ダメ男の典型パターンで、自分で何ひとつ決断する事が出来ない。そんな男が3人の子供の内、長女を東京タワーに置き去りにしてしまうシーンが胸を締め付ける。こんな男でも父と慕う女の子が緒形拳のシャツをしっかりと握りしめ中々離そうとはしない…娘の隙を見つけて、その場を立ち去ろうとする緒形拳。何度もそれを繰り返すのだが娘は何かを悟っているのだろうか?そんな気持ちが観ている内に湧いて来てどうしようもなくなってくる。決定的なのは、その娘が父の耳元で「あのね…よし子、父ちゃん好きですよ」というセリフだ。東京タワーの展望室という空間を使ってやり切れない気持ちになる演出をしてしまう野村監督のテクニックは凄いの一言に尽きる。そして娘が隙を見せた瞬間にエレベーターに乗り込みホッとした瞬間、エレベーターの扉が閉まる向こう側にいた父を捜す娘と目が合ってしまった時の罪悪感。緒形拳と同様に観客までを巻き込んで、同様の気持ちにさせてしまう数十分のシーンは、張り裂けそうになるほど心に焼き付く。子供にとってどんな親でも親であるらしく、ラストで崖から突き落とされた長男が奇跡的に一命を取り留め、警察に捕まった父をかばおうと「この人は、お父さんじゃない」と精一杯の嘘をつく…長男を演じた岩瀬浩規という子役の演技が心に残るシーンだ。この映画は、出演している大人から子供まで全ての俳優たちが最高の演技を見せてくれたからこそ名作となった作品なのだ。

「あんたもひとつ気が楽になったね」寝込んでいる子供の顔にシートを被せて死に至らしめた(映画では明確にしていないが…)岩下志麻が緒形拳に言うセリフ。恐ろしく、そして悲しい場面だ。


レーベル: 松竹(株)
販売元: 松竹(株)
メーカー品番: DA-778 ディスク枚数:1枚(DVD1枚)
通常価格 3,591円 (税込)

昭和35年(1960)
乾いた湖
笛吹川
秋日和

昭和36年(1961)

あの波の果てまで
好人好日
京化粧

昭和37年(1962)
千客万来
切腹
秋刀魚の味  

昭和38年(1963)
古都
風の視線
島育ち
結婚式・結婚式
結婚の設計

昭和39年(1964)
いいかげん馬鹿
暗殺
五辧の椿
大根と人参

昭和40年(1965)
雪国
暖春

昭和41年(1966)
春一番
暖流
紀ノ川
処刑の島
おはなはん

昭和42年(1967)

春日和
智恵子抄
激流
あかね雲
女の一生

昭和43年(1968)
爽春
祇園祭

昭和44年(1969)
心中天網島
赤毛

昭和45年(1970)
無頼漢
影の車

昭和46年(1971)
内海の輪
婉という女
黒の斜面
嫉妬

昭和47年(1972)
影の爪

昭和49年(1974)
卑弥呼

昭和50年(1975)
桜の森の満開の下

昭和51年(1976)
はなれ瞽女おりん

昭和53年(1978)
雲霧仁左衛門
鬼畜

昭和56年(1981)
悪霊島

昭和57年(1982)
鬼龍院花子の生涯
疑惑

昭和59年(1984)
北の螢

昭和60年(1985)
魔の刻
聖女伝説

昭和61年(1986) 
近松門左衛門鑓の権三
極道の妻たち

昭和63年(1988)
桜の樹の下で

平成2年(1990)
極道の妻たち
 最後の戦い

少年時代

平成3年(1991)
新極道の妻たち

平成5年(1993)
新極道の妻たち
 覚悟しいや

平成6年(1994)
新極道の妻たち
 惚れたら地獄

平成7年(1995)
極道の妻たち
 赫い絆
鬼平犯科帳

平成8年(1996)
霧の子午線
極道の妻たち
 危険な賭け

平成10年(1998)
極道の妻たち 決着

平成15年(2003)
スパイ・ゾルゲ



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