猫と庄造と二人のをんな
女意地の弱さも女なら惚れた弱みも女ゆえ。耽美派の樋致大谷崎文学の芸術巨篇!

1956年 白黒 スタンダード 135min 東京映画
製作 滝村和男、佐藤一郎 監督 豊田四郎 脚色 八住利雄 原作 谷崎潤一郎 撮影 三浦光雄
音楽 芥川也寸志 美術 伊藤憙朔 録音 藤好昌生 照明 猪原一郎 助監督 中村積
出演 森繁久彌、山田五十鈴、香川京子、浪花千栄子、林田十郎、南悠子、山茶花究、芦乃家雁玉
都家かつ江、春江ふかみ、桂美保、横山エンタツ、平尾隆弘、谷晃、森川佳子、万代峰子、田中春男
環三千世、三木のり平、三好栄子、宮田芳子、内海突破、任田順子


 谷崎潤一郎昭和初期の名作を前年に数多くの賞に輝いた『夫婦善哉』を手掛けた豊田四郎が監督。原作は谷崎自身が20歳も年下の妻の妹と恋愛関係となり更にその後、生涯を共にする事となる松子夫人の出現によって、その妹ととも破局を迎えるといった三角関係のこじれが原作のモチーフとなっていた。大阪芦屋附近の商家を舞台に猫好きの男庄造と愛猫リリーをめぐる二人の女たちの葛藤を『わが町』など豊田監督と長年コンビを組む八住利雄が、原作の時代を現代に移して戦後日本映画の名作に仕上げている。撮影の三浦光雄は、本作が遺作となり、照明の猪原一郎と組んでロケーション撮影は勿論、セット撮影でもレフ板による反射光のみで通して、リアルな人間の表情を捉える事に成功した。主人公の庄造に『夫婦善哉』以来再び豊田監督とコンビを組む森繁久彌、前妻に森繁と『人生とんぼ返り』で夫婦役を演じた『病妻物語 あやに愛しき』の山田五十鈴が久しぶりの共演を果たしている。また後妻に若々しい魅力を振りまく『女囚と共に』の香川京子が好演。脇を浪花千栄子、南悠子、横山エンタツら個性的な実力派が、それぞれの持味を生かしている。


 庄造(森繁久彌)は猫のリリーに異常な愛情を抱いている。芦屋にある彼の家は小さな荒物屋だが、家中にリリーの匂いが充満、庄造の生活の大半もこの猫のために費されているといってよい位。庄造の母親おりん(浪花千栄子)は、夫亡きあと女手一つで甲斐性なしの息子を育て上げた勝気な女、しかし世間の評判は芳しくない。庄造の前の女房品子(山田五十鈴)を追い出したのも、おりんの仕業と噂されている。品子は確りした女で商売にも身を入れたが、おりんとは全くそりが合わなかった。庄造の叔父中島が娘福子(香川京子)を庄造にと言った時、一も二もなく承知して、おりんは品子には子種がないからと追い出したのだ。しかし、庄造は福子が来てからも相変らずリリーに夢中である。品子は六甲の妹初子の許に身を寄せたが、ある日、仲人の木下から後釜に福子が来たと聞く。憤慨した品子は、庄造の大切なリリーを引取ってしまう。庄造の落胆ぶりはひどく、争いの末福子と庄造は共々飛び出してしまう。一方、品子の家でもなつかぬリリーに弱る中、留守の間に逃げられてしまう。品子の留守にリリーと会った庄造は、帰って来た品子に「人間は皆嫌いや、わての気持を知るのはリリーだけや……」と叫び、外へ飛び出す。そこへやって来た福子は品子と睨み合い、遂には取っ組み合いの喧嘩を始める。そんな観にくく争う二人を尻目に庄造はリリーを抱いて雨の中を行く。


 ダメ男を巡り、前妻と後妻が争奪戦を繰り広げる軽いコメディかと思っていたら大間違い。豊田四郎監督は本作でエゴと欲に満ちた人間が、本性を剥き出しにして争う姿を描いている。原作を執筆した谷崎潤一郎が実際に離婚した二番目の妻と後添えとの間で三角関係となり、当時の思いが反映されていただけに、単なる人情喜劇に終わるはずがない。森繁久彌は『夫婦善哉』に続きダメ男を好演(正に猫なで声でダラダラ過ごす演技をさせたら右に出る者がいなかった)、更に今回はマザコンが加わりダメぶりに磨きがかかっている。女にだらしなく目がないくせに、一番愛情を注いでいるのが猫のリリーというのだから女性にとっては迷惑この上ない男である。脚本家の八住利雄は原作の時代設定を大正時代から現代に移し、戦後、緊張感の無くなった日本の一風景の中に、失墜した男の姿がオーバーラップしているように見えて面白かった。逆に、本作に登場する女性たちは、皆したたかで力強く、庄造の母役の名女優・三好栄子(豊田監督の常連)は、本作で金にどぎつく計算高い浪花女を見事に演じていた。しかし、何と言っても凄いのは、前妻役の山田五十鈴だ。庄造の気を引くために猫を引き取り面倒を見ていく内に心底可愛がるようになる。…かと思いきや、庄造に寄りを戻す気が無いと知るや猫を2階の部屋から放り投げてしまうのだ。正直、ショッキングなこのシーンを顔色変えずに演じきる山田五十鈴は本当に底知れない力を秘めた女優だと改めて感じた。クライマックスで後妻を演じた香川京子と睨み合う二人の形相が暫く目に焼き付いて離れない。よくぞ、これを引き出したものだと豊田監督に感服する。
 女優の競演も見物だが、それにしても森繁だ。『夫婦善哉』『花のれん』『如何なる星の下に』のダメ男ぶりは、何て素敵なのだろうか。不思議なのは、観ていて不愉快になるはずであろうだらしない人間を森繁が演じるとダメさ加減が妙に親しみを覚え、魅力的に見えてしまうのである。だからこそ、作品の中で彼を甲斐甲斐しく思い続け、醜い争奪戦まで繰り広げる女性たちの気持ちが分からんでもないのである。多分、森繁が演じる男は、全て社会から弾き出された弱者であり、自分が弱い人間である事を承知しているからであろう。設定でいくら、そういう人物像になっているとは言え、演技上でそれを出すのは至難の業だ。森繁は、観客が「こんな男でも…」と上から目線で見られるような役作りに注力したに違いない。その反面、“社長シリーズ”のような金を持ち合わせた役になった途端に浮気は悉く成就しないのだ。本作では3人の女性の間をウロウロしては時が解決してくれるのをひたすら待つばかり…何も自分で解決出来ない男を主人公にして成功するのは森繁以外に役者はいないであろう。逃げ道を猫のリリーに求め、ラストで雨の中、猫を抱きかかえて歩き始めるシーンは、胸がやるせなさに溢れ締め付けられる。
 さて、忘れてはならないもう一人の主役―猫のリリー。試写会に訪れた谷崎潤一郎のエピソードでこんなのがあった。映画が終わらない内に席を立ち、その後を森繁が追いかけて「いかがでしたか?」と尋ねると「良かったよ」と返され、喜んだところ「いや、良かったのは猫の演技だよ」と言われてしまったという。劇中、女優たちに放り投げられ通しだった挙げ句、ラストは森繁と供にずぶ濡れになったわけだから敢闘賞は正に猫のリリーかも…。

「お前にとって一番大事なのはボクじゃないのや。お前の意地やないか」庄造とよりを戻すために大切にしている猫を奪った前妻に向かって庄造の言うセリフ。ここで山田五十鈴演じる前妻の恐ろしい本性が露呈するのだ。


ビデオ、DVD共に廃盤後、未発売
昭和22年(1947)
女優

昭和25年(1950)
腰抜け二刀流

昭和26年(1951)
有頂天時代
海賊船

昭和27年(1952)
上海帰りのリル
浮雲日記
チャッカリ夫人と
 ウッカリ夫人
続三等重役

昭和28年(1953)
次郎長三国志 第二部
 次郎長初旅
凸凹太閤記
もぐら横丁
次郎長三国志 第三部
 次郎長と石松
次郎長三国志 第四部
 勢揃い清水港
坊っちゃん
次郎長三国志 第五部
 殴込み甲州路
次郎長三国志 第六部
 旅がらす次郎長一家  

昭和29年(1954)
次郎長三国志 第七部
 初祝い清水港
坊ちゃん社員
次郎長三国志 第八部
 海道一の暴れん坊

魔子恐るべし

昭和30年(1955)
スラバヤ殿下
警察日記
次郎長遊侠伝
 秋葉の火祭り
森繁のやりくり社員
夫婦善哉
人生とんぼ返り

昭和31年(1956)
へそくり社長
森繁の新婚旅行
花嫁会議
神阪四郎の犯罪
森繁よ何処へ行く
はりきり社長
猫と庄造と
 二人のをんな

昭和32年(1957)
雨情
雪国
山鳩
裸の町
気違い部落

昭和33年(1958)
社長三代記
続社長三代記
暖簾
駅前旅館
白蛇伝
野良猫
人生劇場 青春篇

昭和34年(1959)
社長太平記
グラマ島の誘惑
花のれん
続・社長太平記
狐と狸
新・三等重役

昭和35年(1960)
珍品堂主人
路傍の石
サラリーマン忠臣蔵
地の涯に生きるもの

昭和36年(1961)
社長道中記
喜劇 駅前団地
小早川家の秋
喜劇 駅前弁当

昭和37年(1962)
サラリーマン清水港
如何なる星の下に
社長洋行記
喜劇 駅前温泉
喜劇 駅前飯店

昭和38年(1963)
社長漫遊記
喜劇 とんかつ一代
社長外遊記
台所太平記
喜劇 駅前茶釜

昭和39年(1964)
新・夫婦善哉
社長紳士録
われ一粒の麦なれど

昭和40年(1965)
社長忍法帖
喜劇 駅前金融
大冒険

昭和41年(1966)
社長行状記
喜劇 駅前漫画

昭和42年(1967)
社長千一夜
喜劇 駅前百年

昭和43年(1968)
社長繁盛記
喜劇 駅前開運

昭和45年(1970)
社長学ABC

昭和46年(1971)
男はつらいよ 純情篇

昭和47年(1972)
座頭市御用旅

昭和48年(1973)
恍惚の人

昭和56年(1981)
連合艦隊

昭和57年(1982)
海峡

昭和58年(1983)
小説吉田学校

平成16年(2004)
死に花



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