花のれん
花の暖簾に意固地を通してみたものの所詮は愛に脆く弱い女だった…

1959年 モノクロ 東宝スコープ 130min 宝塚映画
製作 滝村和男、杉原貞雄 監督 豊田四郎 脚色 八住利雄 原作 山崎豊子 撮影 安本淳 
音楽 芥川也寸志 美術 伊藤憙朔 録音 鴛海晄次 照明 下村一夫
出演 淡島千景、森繁久彌、花菱アチャコ、司葉子、石浜朗、佐分利信、乙羽信子、飯田蝶子
浪花千栄子、万代峯子、田村楽太、山茶花究、頭師孝雄、環三千世 


 第39回直木賞を得、芸術座の舞台でも上演された大阪人情ものを得意とする女流作家・山崎豊子の同名小説を、『細雪(1959)』の八住利雄が脚色し、『夫婦善哉』『駅前旅館』の豊田四郎が監督。吉本興業の女主人をモデルとして大阪女の強さと哀しさを描く。夫の死後、寄席経営に辣腕を振るい“女太閤”と呼ばれた河島多加を『夫婦善哉』以降、豊田監督作品の常連となった淡島千景が扮し、二夫にまみえず、興行界一筋に生きる主人公を熱演している。その夫を演じるのが『夫婦善哉』で息の合ったコンビを組んだ森繁久彌。中盤で姿を消すも印象に残る存在感を披露してくれた。淡島千景をサポートする小屋のガマ口役に当時売れっ子の喜劇役者である花菱アチャコを迎えた他、大御所・佐分利信が淡島が想いを寄せる男を熱演している。撮影は『駅前旅館』の安本淳、美術を木下恵介監督作品『楢山節考 』で素晴らしいセットを組んだ伊藤憙朔が担当し、船場に軒を連ねる寄席や芝居小屋の見事なセッセットを作り上げた。


 大阪船場の河島屋呉服店は倒産したが、多加(淡島千景)・吉三郎(森繁久彌)の夫婦は、天満天神の近くにある寄席を買い取り、天満亭と名づけ再起の第一歩を踏み出した。天満亭は順調に繁昌したが、生活が安定すると吉三郎の遊びぐせはまた頭をもたげ、おしのという妾の許へ足繁く通うようになった。そのおしのの家で、吉三郎は急死した。通夜の日、多加は婚礼の際に持参した白い喪服を着たが、それがいつしか、二夫にまみえずという心を彼女に持たせた。彼女は、幼い久雄を女中のお梅に託し商売一筋に駈け廻ったが、市会議員の伊藤(佐分利信)と知り合った彼女の女心は燃えた。法善寺の金沢亭も買い取った多加は、それを花菱亭と改名し入口に“花のれん”を掲げた。出雲の民謡である安来節が関西一円を風靡し始めると、多加は出雲に出かけ、そこで伊藤と再会した。が、彼女はこの愛情までも商売のためには吹き消したのである。やがて、多加は大阪に十三の寄席を持つ席元となり御津寺筋に事務所を構えた。世間では彼女を“女太閤”と呼んだ。が、中学生になった久雄には母は遠い存在だった。伊藤の自殺が多加の耳に伝った。他人の罪をかぶり選挙違反で投獄された彼は、獄中で服毒したというのだ。多加はいかに伊藤を愛していたかを知った。大陸戦線は拡大し、久雄にも召集令状が来た。多加は、久雄から出発直前京子(司葉子)という愛人を紹介された。戦争で焼野原となった大阪に立つ多加の側に、京子が寄り添った。京子は、久雄から自分がいないあとの母を頼むという言葉に従って多加を慰めに来たのである。多加は久雄と京子の仲を許し、自分もまたこの土地に“花のれん”を掲げようと誓った。


 『夫婦善哉』で森繁演じる社会に適応できないダメ男を甲斐甲斐しく面倒を見続けた蝶子を演じた淡島千景。本作も同様に親から受け継いだ店を潰した挙げ句、愛人の家で死んでしまったダメ亭主を持つ女を淡島は演じている。そして、両者共に力強く信念を持って前向きに生きる女なのだ。本作では、女手ひとつ大阪の興行界で成功した実在の女性を演じている。この映画に出てくる森繁は『夫婦善哉』以上にしょーもない男…船場の大きな呉服問屋を道楽が元で破産させてしまう。こういう男を演じさせたら森繁は実に上手い!せっかく、浪花女の細腕で天満天神近くの寄席を買い取って再スタートを切るも映画の中盤早々に愛人宅でポックリ逝ってしまうのだから身勝手なものだ。多分、この役を池部良や森雅之あたりが演じたら、とてつもなく嫌な男になるところを「しょーがない奴だな」と笑って観られるようにするのは凄い才能だ。早々に森繁を退場させる事で、『夫婦善哉』の焼き直しにはせず、後半からは淡島による大阪版“細腕繁盛記”となる。もう、ここからは、女優・淡島千景の独壇場―通夜の席で「生涯男の世話にはならない」と誓いを立てる証に、何と白無垢姿で葬儀の場に現れる彼女の姿は、実にカッコ良く、それこそ宝塚で培った凛としたたち振る舞いには鳥肌が立つほど。
 後半、寄席―興行の世界を細かく丁寧に豊田監督は描いてくれているおかげで、単なる女性映画とは異なる面白さがある。彼女が寄席を大きくするために駆けずり廻る姿を追い続ける事で豊田監督は、淡島の魅力を最大限に引き出す事に成功。むしろ、亭主なんてものは彼女の人生にとって邪魔なだけだったのでは?…と思ってしまうほどトントン拍子に進んでいく。特に、法善寺にある寄席を買い取るシーンや、余所の小屋に出ようとしていた芸人の口に借金の差し押さえの札を貼って話すのを止めさせるシーンなど…早口でまくし立てる彼女の演技を堪能できるのが嬉しくなる。
 タイトルとなった『花のれん』は新しく買い取った寄席の入口掲げたものであり、通天閣(今の通天閣ではなく一番最初に建てられた凱旋門とエッフェル塔を組み合わせた通天閣が見れるのが嬉しい)の上から花のれんをバラまく名シーンが誕生した。『夫婦善哉』でもそうなのだが、淡島の魅力は窮地に立たされた時ほど表情がキリッと引き締まるところにある。相手を真っ向から見据える眼光は、そんじょそこらの男では太刀打ち出来ない。…なる程、そうか!そんな彼女だから、男共は頼りきってダメになるという構図が出来上がるのかも知れない。一方でホロ酔い気分で顔を赤らめトロンとした目つきで甘える表情は対照的で、艶っぽく、これが同じ女性なのか…とさえ思う。

焼け野原となった大阪の町を見下ろしながら小屋の再建を誓う淡島千景の演技は忘れる事が出来ない。紛れも無く本作は彼女の最高傑作である。


ビデオ、DVD共に廃盤後、未発売
昭和22年(1947)
女優

昭和25年(1950)
腰抜け二刀流

昭和26年(1951)
有頂天時代
海賊船

昭和27年(1952)
上海帰りのリル
浮雲日記
チャッカリ夫人と
 ウッカリ夫人
続三等重役

昭和28年(1953)
次郎長三国志 第二部
 次郎長初旅
凸凹太閤記
もぐら横丁
次郎長三国志 第三部
 次郎長と石松
次郎長三国志 第四部
 勢揃い清水港
坊っちゃん
次郎長三国志 第五部
 殴込み甲州路
次郎長三国志 第六部
 旅がらす次郎長一家  

昭和29年(1954)
次郎長三国志 第七部
 初祝い清水港
坊ちゃん社員
次郎長三国志 第八部
 海道一の暴れん坊

魔子恐るべし

昭和30年(1955)
スラバヤ殿下
警察日記
次郎長遊侠伝
 秋葉の火祭り
森繁のやりくり社員
夫婦善哉
人生とんぼ返り

昭和31年(1956)
へそくり社長
森繁の新婚旅行
花嫁会議
神阪四郎の犯罪
森繁よ何処へ行く
はりきり社長
猫と庄造と
 二人のをんな

昭和32年(1957)
雨情
雪国
山鳩
裸の町
気違い部落

昭和33年(1958)
社長三代記
続社長三代記
暖簾
駅前旅館
白蛇伝
野良猫
人生劇場 青春篇

昭和34年(1959)
社長太平記
グラマ島の誘惑
花のれん
続・社長太平記
狐と狸
新・三等重役

昭和35年(1960)
珍品堂主人
路傍の石
サラリーマン忠臣蔵
地の涯に生きるもの

昭和36年(1961)
社長道中記
喜劇 駅前団地
小早川家の秋
喜劇 駅前弁当

昭和37年(1962)
サラリーマン清水港
如何なる星の下に
社長洋行記
喜劇 駅前温泉
喜劇 駅前飯店

昭和38年(1963)
社長漫遊記
喜劇 とんかつ一代
社長外遊記
台所太平記
喜劇 駅前茶釜

昭和39年(1964)
新・夫婦善哉
社長紳士録
われ一粒の麦なれど

昭和40年(1965)
社長忍法帖
喜劇 駅前金融
大冒険

昭和41年(1966)
社長行状記
喜劇 駅前漫画

昭和42年(1967)
社長千一夜
喜劇 駅前百年

昭和43年(1968)
社長繁盛記
喜劇 駅前開運

昭和45年(1970)
社長学ABC

昭和46年(1971)
男はつらいよ 純情篇

昭和47年(1972)
座頭市御用旅

昭和48年(1973)
恍惚の人

昭和56年(1981)
連合艦隊

昭和57年(1982)
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昭和58年(1983)
小説吉田学校

平成16年(2004)
死に花




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