男はつらいよ 柴又慕情
ほら、見なよ。あの雲が誘うのよ。ただそれだけのことよ。

1972年 カラー シネマスコープ 108min 松竹(大船撮影所)
製作 島津清 企画 高島幸夫、小林俊一 監督、脚本、原作 山田洋次 脚本 朝間義隆 
撮影 高羽哲夫 音楽 山本直純 美術 佐藤公信 録音 中村寛 照明 青木好文 編集 石井巌
出演 渥美清、倍賞千恵子、松村達雄、三崎千恵子、前田吟、笠智衆、太宰久雄、佐藤蛾次郎
津坂匡章、吉永小百合、宮口精二、中村はやと、高橋基子、泉洋子、青空一夜、桂伸治、佐山俊二


 「男はつらいよ」シリーズ第9作目。今回の寅さん憧がれの人には、日活青春映画のヒロインとして活躍してきた吉永小百合を迎え、ファン投票第一位を獲得している。今期を迎えた娘と娘を手放せない父親の物語を『男はつらいよ 寅次郎恋歌』の朝間義隆と監督の山田洋次が共同脚本で切々と描き上げている。撮影はシリーズ1作目より担当している『喜劇 社長さん』の高羽哲夫が務めている。ヒロインの朴訥とした父親を文学座のベテラン・宮口精二が扮し、渥美清演じる寅さんとの噛み合ないやり取りが笑いを誘う。本作の撮影直前に急逝した森川信に代わって松村達雄が二代目おいちゃん役でレギュラー入りするなどクランクイン前からファンやマスコミの話題を大いに沸かせた。本作から当時の国鉄が一大キャンペーンを張った“ディスカバージャパン”と共に旅先での寅次郎をクローズアップ。金沢、福井の名勝地と多治見の古き良き日本の原風景が余す所なく描かれている。本作は、この年の正月興行で大ヒットを記録し、日本の喜劇映画としては初の長期ロードショウ公開を果たした。


 車寅次郎(渥美清)が、初夏を迎えた東京は葛飾柴又に久しぶりに帰って来た。ところが、団子屋「とらや」を経営しているおじ夫婦は寅が急に帰って来たのでびっくり仰天。と言うのも寅の部屋を貸間にしようと「貸間あり」の札を出していたからである。案の定、札を見た寅は捨てゼリフを残して出て行ってしまった。旅先の金沢で寅は、三人の娘たちと知り合った。歌子(吉永小百合)、マリ、みどりというこの娘たちを寅は何故か気に入り、商売そっちのけで御馳走したり、土産を買ってやったり、小遣いをやったりする始末。やがて、三人と別れた後、急に寂しくなった寅は柴又に帰ることにした。すっかり夏らしくなった柴又・帝釈天に歌子がひとりで寅を訪ねて来て想い出話に花を咲かせる。それ以来、たびたび歌子は遊びに来るようになった。そして寅は歌子に熱を上げ始めた。ところが歌子は、小説家の父(宮口精二)と二人暮しで、好きな青年との結婚と、父との板挟みで悩んでいたのである。歌子はこの悩みをさくら(倍賞千恵子)に打ち明け、さくらの言葉に力ずけられた歌子はその青年と一緒に田舎で暮すことを決心した。このことを歌子からじかに聞かされた寅は、また旅立ってしまった。ひと月後、結婚して幸福な生活を送っている歌子から「とらや」に届いていた手紙には、留守中、寅が訪ねて来たらしいがもう一度寅に会いたいと記してあった。


 歴代マドンナの中でも人気の高い吉永小百合を迎えた本作は、シリーズの中でも数少ない前後編の前編に位置する名作だ。吉永小百合扮する歌子と宮口精二扮する融通の効かない不器用な父親との確執がサイドストーリーとなっている。父一人娘一人で暮らすため、結婚する事に躊躇している娘の心境を山田洋次監督は従来の『男はつらいよ』では珍しい程、サイドストーリーの方に比重をおいて丹念に描いている。と、いうわけで本作では早々に寅次郎がフラれる展開が分かってしまう。宮口精二は、さすがの貫禄で言葉少ない無骨な小説家を演じている。そのため娘に誤解を与えてしまっている事を分かっていながら、どうにも出来ない焦燥を巧みに表現していた。特に、歌子が置いていった旅行土産に目も繰れなかったくせに一人になった途端に覗いてみる微妙な演技は名優の成せる技だ。小津安二郎が得意とした松竹お家芸である父娘の物語が展開され、いつもとは違った『男はつらいよ』を楽しむことが出来た。
 本作では寅次郎を導いてくれる先人(東野英治郎や志村喬のような)は登場せず、寅次郎は自分の力で現実を受け止めなくてはならない。前作『男はつらいよ寅次郎恋歌』では池内淳子演じる子連れの未亡人を「自分では幸せに出来ない」と悟り自ら身を引いた寅次郎だが、本作でも歌子に恋をしつつも彼女の幸せを第一に考える選択を余儀なくされる。歌子が寅次郎に結婚を考えている人がいる事を告白する夜の帝釈天境内のシーンは哀愁漂う美しいシーンとなった。本作のさくらが妙に勝ち気で、いつも下手に出ている寅次郎に対して挑戦的な言葉を吐くのだが、ここで寅次郎とさくらを対等にした事で寅次郎を導く役をある意味さくらが担っていたのが面白い。結婚問題と親子問題の狭間で悩む歌子に対してキッパリと進言する姿に、さくらも成長しているんだ…と変に納得してしまった。ラスト近く、失恋して旅支度を終えた寅次郎とさくらが江戸川の土手に座って語り合う姿にジーンときてしまう。
 また劇中に、ディスカバージャパンのポスターが幾度となく出てくる。当時、旅行会社が行っていた大々的なキャンペーンだから覚えている方も多いのではなかろうか。海外旅行に目が行ってしまった日本人に向けて原点回帰を促した“日本発見”は、正に『男はつらいよ』にぴったりのキャッチコピーだった。寅次郎が偶然出会った歌子たちと一緒に北陸を旅するシーンで映し出される観光名所の後に、小さな田舎の駅舎に降り立った寅次郎が古びた安宿に向かって肩を窄めながら歩いていくシーンが挿入される。このギャップの中に日本人が忘れかけていた日本の原風景がある事を思い出させてくれるのだ。『男はつらいよ』があれだけ日本各地をロケしているにも関わらず、単なる観光映画にならなかったのは、そこに住む人々の息吹を山田洋次監督がしっかりと描いていたからで団体ツアーでは見ることが出来ない風景がスクリーン上に存在しているからだ。

失恋した寅にさくらが「どうして旅に出てっちゃうの」と尋ねる。そして寅は「ほら見な…あんな雲になりてぇんだよ」と答えた後に「またフラれたか…」とつぶやく。


レーベル: 松竹(株)
販売元: 松竹(株)
メーカー品番: DB-509 ディスク枚数:1枚(DVD1枚)
通常価格 3,591円 (税込)

昭和44年(1969)
男はつらいよ
続男はつらいよ

昭和45年(1970)
男はつらいよ
 フーテンの寅
新・男はつらいよ
男はつらいよ 望郷篇

昭和46年(1971)
男はつらいよ 純情篇
男はつらいよ 奮闘篇
男はつらいよ
 寅次郎恋歌

昭和47年(1972)
男はつらいよ 柴又慕情
男はつらいよ
 寅次郎夢枕

昭和48年(1973)
男はつらいよ
 寅次郎忘れな草
男はつらいよ
 私の寅さん

昭和49年(1974)
男はつらいよ
 寅次郎恋やつれ
男はつらいよ
 寅次郎子守唄

昭和50年(1975)
男はつらいよ
 寅次郎相合い傘
男はつらいよ
 葛飾立志篇

昭和51年(1976)
男はつらいよ
 寅次郎夕焼け小焼け

男はつらいよ
 寅次郎純情詩集

昭和52年(1977)
男はつらいよ
 寅次郎と殿様
男はつらいよ
 寅次郎頑張れ!

昭和53年(1978)
男はつらいよ
 寅次郎わが道をゆく
男はつらいよ
 噂の寅次郎

昭和54年(1979)
男はつらいよ
 翔んでる寅次郎
男はつらいよ
 寅次郎春の夢

昭和55年(1980)
男はつらいよ 寅次郎ハイビスカスの花
男はつらいよ
 寅次郎かもめ歌

昭和56年(1981)
男はつらいよ
 浪花の恋の寅次郎
男はつらいよ
 寅次郎紙風船

昭和57年(1982)
男はつらいよ
 寅次郎あじさいの恋
男はつらいよ
 花も嵐も寅次郎

昭和58年(1983)
男はつらいよ
 旅と女と寅次郎
男はつらいよ
 口笛を吹く寅次郎

昭和59年(1984)
男はつらいよ
 夜霧にむせぶ寅次郎
男はつらいよ
 寅次郎真実一路

昭和60年(1985)
男はつらいよ
 寅次郎恋愛塾
男はつらいよ
 柴又より愛をこめて

昭和61年(1986)
男はつらいよ
 幸福の青い鳥

昭和62年(1987)
男はつらいよ 知床慕情
男はつらいよ
 寅次郎物語

昭和63年(1988)
男はつらいよ
 寅次郎サラダ記念日

平成1年(1989)
男はつらいよ
 寅次郎心の旅路
男はつらいよ
 ぼくの伯父さん

平成2年(1990)
男はつらいよ
 寅次郎の休日

平成3年(1991)
男はつらいよ
 寅次郎の告白

平成4年(1992)
男はつらいよ
 寅次郎の青春

平成5年(1993)
男はつらいよ
 寅次郎の縁談

平成6年(1994)
男はつらいよ
 拝啓 車寅次郎様

平成7年(1995)
男はつらいよ
 寅次郎紅の花

平成9年(1997)
男はつらいよ 寅次郎ハイビスカスの花 特別篇



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