『男はつらいよ』の見どころは、寅さんが仄かに恋心を抱き、最後にはフラレてしまうマドンナとの共演だ。毎回、美女と共演するのは“ジェームズ・ボンド”と同じ図式なのだが、その対極にあるというのが笑える。勿論、48作も作られると回を重ねる毎に寅さんのフラれ方も変わってくる。最初は、周りの迷惑を顧みず寅さんがマドンナの一挙一動に大騒ぎの末、見事に撃沈。マドンナのフリ方も結構ドラスティックで、寅さんを散々頼っておきながら、あっさりフってしまう。まぁ、前期の寅さんは「面白いけど扱いにくい男」の典型で、フラれるのも無理はないのだが…。残酷なフラれ方のベスト1は何と言っても『望郷篇』の長山藍子(テレビ版ではさくら役だったのに)だろう。自分が結婚して家を出たいために寅さんを頼りにして、まるでプロポーズと勘違いするような言動を繰り返して、最後に真実を言うのだから残酷だ。『純情篇』の若尾文子は遠まわしに「寅さんの気持ちに応える事が出来ない」と気持ちを伝え(この場では寅さんは気づかないのだが…)迎えにきた亭主ととらやを去って行く所で初めて言葉の意味を理解する。『続男はつらいよ』ではマドンナのラブシーンを目撃するという衝撃的な場面に遭遇して玉砕するなど…前期の寅さんはかなり激しくフラれ続けてきたものだ。

 ところが、ある時を境に、マドンナが寅次郎に好意を抱いているにも関わらず、自ら身を引いてしまう局面が出てくるようになる。映画の中では理由ははっきり語られないが、観客はあれこれと寅次郎の心境を推察する。“あれは、きっと彼女の幸せを願った寅が自分では無理だと判断したからだ”とか、“マドンナの積極性に寅がビビったからだ”とか。寅さんが、毎回マドンナに猪突猛進していたならば、きっと20作もすれば観客に飽きられたに違いない。回を追う毎に相手を思いやる優しさが車寅次郎を男として成長させてゆき、こうした寅さんの成長が観客を心地良くさせたのだ。1作目から6作目までの寅さんは、本当にガキそのものだった。『男はつらいよ』では、妹さくらの見合いを酔っ払った挙げ句に下品な下ネタでグチャグチャにしてしまうし、『続男はつらいよ』では、入院していた病院を抜け出して酒を飲み、無銭飲食で留置所に入れられてしまうのだ。それを責められて反省するどころか居直った末に「ゴチャゴチャうるせえな!」と、さくらを泣かせてしまう。まぁ、この時期の寅さんはマドンナにフラれても当然と言えば当然だった。『続・男はつらいよ』では、生き別れの瞼の母と衝撃的な再会の末、マドンナ佐藤オリエの前でオイオイ泣きじゃくるのだから、そんな男に誰が惚れようか。それが、27作目『浪花の恋の寅次郎』では、松坂慶子演じるマドンナの大阪芸者が、生き別れの弟を見つけ出し訪ねたものの既に弟は他界。それを教えてくれた同僚に対して取り乱す松坂慶子に代わり、丁重にお礼を述べるまでに成長しているのだ。ところが、そんな寅次郎に好意を抱いてくれたマドンナが愛の表現をしようとすると必ずはぐらかしてしまう。浮き草家業の自分が、一人の女を幸せに出来るはずがない…とでも思っているのだろうか?片思いの時は浮かれているにも関わらず、相手が振り向きかけた途端、突然前触れもなく臆病者になってしまう。ずっとフラれ続けた男は、恋愛に対して臆病になる…という解釈もあるだろうが、寅さんの場合は全てがそのケースに当てはまるとは思えない。マドンナからフラれたわけでもないのに彼女の幸せを考えて自ら身を引くようになったのは8作目『寅次郎恋歌』からである。母子二人で生きていこうと頑張っているマドンナ・池内淳子に憧れを抱くも、地に足をつけて働くマドンナの姿を見て、自分とは生きる世界が決定的に違うのだ…と、痛感して身を引く寅さんの姿が描かれている。彼女の口をつく「寅さんが羨ましいわ、一緒について行きたい」という言葉が寅さんを現実の世界に引き戻したのだ。この作品以降、寅次郎は何度か同じ思い(ある意味、失意と表現した方が良いかも知れない)の中で突然旅に出てしまう。

 マドンナから愛の告白をされながら、初めて寅さんの方でフってしまう10作『寅次郎夢枕』は余りにも意外な展開に場内がピリッとした緊張感に包まれた。マドンナを演じるのは八千草薫。寅さんも惚れていたはずなのだが…やはり、一度結婚に失敗して子供と離れて暮らさざるを得ない彼女の心の傷を自分では癒せないと勝手に諦めたのだろうか。11作目『寅次郎恋やつれ』(吉永小百合がマドンナ歌子を演じる『柴又慕情』の続編)では、マドンナを恋愛の対象としてではなく心から彼女の幸せを願う寅さんが描かれている。前作で父親との確執を残したまま家を飛び出し、結婚した歌子は夫に死なれてしまい東京へ戻ってくる。歌子と父親の溝を何とかしようと一念発起する寅次郎の暴走ぶりが楽しめ、前作よりも評価をするファンがいるほど、宮口精二演じる父親と歌子の関係や、そこに介入した寅次郎…といった構図がバランスよく描かれていた。頼まれもしないのに歌子の父親に会いに行って非難してきた寅次郎をさくらやおばちゃんが、「どうして、余計な事をするの!」と、こっぴどく叱るシーンがある。ここに、寅次郎と世間の間にある善意のズレが明確に表れていて興味深かった。結果的には、寅次郎の遠慮ない物言いが父親の心を揺さぶり、娘と数年ぶりに和解する事になるのだが、歌子の幸せを確信した寅次郎は、多摩川の花火大会の日に会いに行き、何も言わずに旅に出てしまう。まるで、自分の役目を果たしたかのように彼女の前から姿を消す寅次郎(その前に路上で古本を売っていたところ何度も警官に追い立てられる目にあい、自分の無力さを感じとっている)は、あまりにもカッコ良かった。寅さんは、未亡人となったからといって、決して人の不幸に付け入るような邪推な真似はしないのだ。

 中期から後期では、マドンナの方が積極的なのが多く、『噂の寅次郎』の大原麗子を筆頭に、『口笛を吹く寅次郎』と『知床慕情』の2作で寅さんにフラれてしまう竹下景子…『サラダ記念日』の三田佳子、『寅次郎の青春』の風吹ジュンに至っては寅さんは全く彼女の気持ちに気づかず、後藤久美子に「まだ気づかないの?おじちゃまの事を愛しているのよ」と、たしなめられる始末。更に『寅次郎あじさいの恋』のいしだあゆみからは、猛烈なアタックをされて、いつもの『男はつらいよ』シリーズには無かった緊迫感に場内が包まれた事を記憶している。寅さんとマドンナの恋愛を語るには不可欠な浅丘ルリ子演じるリリーについては、次回“リリー特集”にてご紹介したいと思います。


 「やけのやんぱち日焼けの茄子、色が黒くて食いつきたいが、あたしゃ入れ歯で歯が立たないよ…ときたもんだ!」劇中必ず出て来る、寅さんの流暢な啖呵売(たんかばい)。渥美清が少年時代に上野や浅草で見て来たテキ屋の御ぁ兄さんたちが、ごくあたりまえの品物を、巧みな話術で客を楽しませ、いい気分にさせて売りさばいていた商売手法の話しを山田洋次監督に話した事がキッカケで『男はつらいよ』が誕生した。この啖呵売は、昔の縁日や路上販売などで、よく行われており、分りやすいのは“バナナの叩き売り”。この話術は、 一種の芸としても評価されており、近年テレビショッピング等で良く見られる実演販売は、洗練された現代版啖呵売といえるだろう。また、『男はつらいよ』で寅さんが売って来た商品は、まともなものからバッタものまがい物など数知れず、言ってしまえば作品の数だけ紹介されてきた。こうした品物を探し出してくるのも美術美術スタッフの腕の見せどころであるが、よくまぁこれだけの代物を集めて来たものだと、シリーズを通して観直すと改めて感心してしまう。寅さんが商品売る際に、枕詞的に述べる口上でいくつか決めのパターンがあり、それと商品用の個別の文句が組み合わせて売(ばい)を行っている。その基本的な口上をご紹介すると…

【寅さんの啖呵売―基本形】
「浅野匠頭じゃないが腹切ったつもりだ!ね!どう? こんないいものが2000円!はい、ダメか! 1500円だ1500円!誰も持ってかない? よーし!1000円!!今日は貧乏人の行列だ!よーし!500円だ!持ってけ泥棒!」
「物の始まりが一ならば国の始まりが大和の国、島の始まりが淡路島、 泥棒の始まりが石川の五右衛門なら、助平の始まりが小平の義雄(状況によっては、客を指差して…このおじさん)」
「産で死んだが三島のお仙、お仙ばかりが女ごじゃないよ。京都は極楽寺坂の門前でかの有名な小野小町が、三日三晩飲まず食わずに野たれ死んだのが三十三。とかく三という数字はあやが悪い。三三六歩(さんさんろっぽ)で引け目が無い」
「四谷赤坂麹町(よつや あかさかこうじまち)チャラチャラ流れる御茶ノ水、粋な姐ちゃん立ちションベン。白く咲いたか百合の花、四角四面は豆腐屋の娘、色は白いが水臭い。一度変われば二度変わる三度変われば四度変わる、淀の川瀬の水車(みずぐるま)、誰を待つやらくるくると。ゴホンゴホンと波さんが、磯の浜辺でねぇあなた、あたしゃあなたの妻じゃもの、妻は妻でも『阪妻(ばんつま)よ』ときやがった」

【寅さんの売った主な商品と寅さんの口上】
・電子応用ヘルスバンド(男はつらいよ)「この電子のツブツブみてえなもんがね…手首から血管を伝って五臓六腑を駆け巡るんだよ。つまり血行を良くするわけだ、何となく体がすうっと軽くなったような気がしないかい?」
・易断本(続男はつらいよ他)「天に軌道がある如く、人それぞれに運命を持って生まれ合わせております。とかく子(ネ)の干支の方は終わり晩年が色情的関係において良くない。丙午(ヒノエウマ)の女は家に不幸をもたらす。未(ヒツジ)の女は角にも立たすなというが…」
・縁起物の鶴と亀(純情篇)「鶴は千年、亀は万年、あなた百まで、わしゃ九十九まで、共にシラミのたかるまで…。三千世界の松の木が枯れてもお前さんと添わなきゃシャバに出た甲斐が無い。七つ長野の善光寺、八つ谷中の奥寺で、竹の林にカヤの屋根、手鍋下げてもわしゃいとわせぬ。信州長野の新蕎麦よりも、わたしゃあなたの傍がいい」
・レコード(寅次郎忘れな草)「船員さん船員さん、お手にとって見てやって下さい。神田は音響堂というレコード屋さんがたった30万の税金が払いきれなくて投げ出した品物。札幌の一流デパートに行けば一枚500円で今でも売っている。今日は特別に協定違反の値段でおわけしましょう!」
・張り子の虎、虎の絵(私の寅さん)「虎は死して皮を残す、人は死んで名を残す。私とて絵心のない人間ではない。自分の一番好きな絵は誰にも売り渡したくない。ましてや気に入らない絵は売りたいわけがない。いっそのこと我が家の庭にある土蔵の中に大切にしまっておきたい。しかし、私にも生活というものがある。国には可愛い女房子供が口をあけて待っている。東京では一枚千円や二千円は下らない芸術品だが、浅野内匠頭じゃないが、腹を切ったつもり…」
・下駄(寅次郎春の夢)「このグラフに注目されたい。厚生労働省が発表した日本人の身長のグラフでありますが、この赤い線が示すように戦後日本人の身長は外国人としってきするようにドンドンと伸びております。しかし、それに反比例して日本人の体力はドンドン低下している。これは何故かというと、つまり下駄を履かなくなった事に原因があります。足の親指と人差し指の間ね、この間に人間の体を司るツボがあります。ここに鼻緒をぐんと突っ込んで歩きながらグイグイと刺激する。日本人の偉大な発明であります。俺なんかホラ、365日、年中草履履いているから病気ひとつしたことがない。ただし、頭の方はよくないが、これは親のせいだから仕方ない」
・瀬戸物(寅次郎あじさいの恋)「お母さん触ってみなよ、この肌触り、そんじょそこら辺にある安物の瀬戸物屋の瀬戸物と訳が違う。神田は六法堂というところの社長が妾との手切れ金で泣きの涙で投げ出した品物だよ。さもなかったら俺なんかの手に入る訳がない。ね、聞いて驚くな!人間国宝、加納作次郎の作だ!ね、デパートでもってお願いさたら10万や5万はくだらない品物。今日は私それだけ下さいとは言わない旅先で金に忙しい…ね。よし、こうなったら2万1万5千円…あーっヤケクソ!1万でどうだ!」

 物語のエンディング近くで寅さんが売っているものは、劇中に関わったマドンナや巨匠と呼ばれる人々に関わった物が多く、「寅次郎あじさいの恋」のエンディングでバッタ物の瀬戸物を人間国宝の加納作次郎の品物だと売っている所に当の本人が現れて再会を喜ぶ…といった粋なラストになっていたり、「私の寅さん」では岸恵子演じたマドンナが絵描きだった事から失恋しても尚、絵を売って、そこでの口上がマドンナが寅さんにしゃべっていた事だったりと、可笑しくも切ない啖呵売をしていたのが印象に残る。また、松坂慶子がマドンナの時に水中花を売っていたり、都はるみがマドンナの時は演歌のカセットを売ったり…と、楽屋ネタが楽しめるのも、啖呵売のシーンの特長であった。言ってみればその作品の総決算というまとめの位置にあるのがエンディング近くの啖呵売シーンなのである。

昭和44年(1969)
男はつらいよ
続男はつらいよ

昭和45年(1970)
男はつらいよ
 フーテンの寅
新・男はつらいよ
男はつらいよ 望郷篇

昭和46年(1971)
男はつらいよ 純情篇
男はつらいよ 奮闘篇
男はつらいよ
 寅次郎恋歌

昭和47年(1972)
男はつらいよ 柴又慕情
男はつらいよ
 寅次郎夢枕

昭和48年(1973)
男はつらいよ
 寅次郎忘れな草
男はつらいよ
 私の寅さん

昭和49年(1974)
男はつらいよ
 寅次郎恋やつれ
男はつらいよ
 寅次郎子守唄

昭和50年(1975)
男はつらいよ
 寅次郎相合い傘
男はつらいよ
 葛飾立志篇

昭和51年(1976)
男はつらいよ
 寅次郎夕焼け小焼け

男はつらいよ
 寅次郎純情詩集

昭和52年(1977)
男はつらいよ
 寅次郎と殿様
男はつらいよ
 寅次郎頑張れ!

昭和53年(1978)
男はつらいよ
 寅次郎わが道をゆく
男はつらいよ
 噂の寅次郎

昭和54年(1979)
男はつらいよ
 翔んでる寅次郎
男はつらいよ
 寅次郎春の夢

昭和55年(1980)
男はつらいよ 寅次郎ハイビスカスの花
男はつらいよ
 寅次郎かもめ歌

昭和56年(1981)
男はつらいよ
 浪花の恋の寅次郎

男はつらいよ
 寅次郎紙風船

昭和57年(1982)
男はつらいよ
 寅次郎あじさいの恋

男はつらいよ
 花も嵐も寅次郎

昭和58年(1983)
男はつらいよ
 旅と女と寅次郎
男はつらいよ
 口笛を吹く寅次郎

昭和59年(1984)
男はつらいよ
 夜霧にむせぶ寅次郎
男はつらいよ
 寅次郎真実一路

昭和60年(1985)
男はつらいよ
 寅次郎恋愛塾
男はつらいよ
 柴又より愛をこめて

昭和61年(1986)
男はつらいよ
 幸福の青い鳥

昭和62年(1987)
男はつらいよ 知床慕情
男はつらいよ
 寅次郎物語

昭和63年(1988)
男はつらいよ
 寅次郎サラダ記念日

平成1年(1989)
男はつらいよ
 寅次郎心の旅路
男はつらいよ
 ぼくの伯父さん

平成2年(1990)
男はつらいよ
 寅次郎の休日

平成3年(1991)
男はつらいよ
 寅次郎の告白

平成4年(1992)
男はつらいよ
 寅次郎の青春

平成5年(1993)
男はつらいよ
 寅次郎の縁談

平成6年(1994)
男はつらいよ
 拝啓 車寅次郎様

平成7年(1995)
男はつらいよ
 寅次郎紅の花

平成9年(1997)
男はつらいよ 寅次郎ハイビスカスの花 特別篇



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