男はつらいよ 寅次郎忘れな草
ほら、逢っている時は何とも思わねえけど、別れた後で妙に思い出す人がいますね…そういう女でしたよあれは。

1973年 カラー シネマスコープ 99min 松竹(大船撮影所)
製作 島津清 監督、脚本、原作 山田洋次 脚本 朝間義隆、宮崎晃 撮影 高羽哲夫
音楽 山本直純 美術 佐藤公信 録音 中村寛 照明 青木好文 編集 石井巌
出演 渥美清、倍賞千恵子、浅丘ルリ子、松村達雄、三崎千恵子、前田吟、中村はやと、太宰久雄
佐藤蛾次郎、笠智衆、吉田義夫、織本順吉、中沢敦子、成田みるえ、江戸家小猫、毒蝮三太夫


 男はつらいよシリーズ第11作目。寅さんのマドンナとして四度の出演回数を誇り、シリーズ中最も人気の高い浅丘ルリ子演じる“リリー”を初めて迎えた作品。これまでのマドンナが寅さんにとって高嶺の花的な存在だったのに対し、ドサ廻りの三流歌手である“リリー”は、寅さんに最も境遇の近いマドンナであった。二人は、時に慰め、時に励まし合い、時にはケンカもす…といったお互いの気持ちをわかりあいながらも、決して一緒になれない哀しみも背負っているのが特徴だ。脚本は『故郷』の宮崎晃と『男はつらいよ 寅次郎夢枕』の朝間義隆が共同執筆。監督は脚本も執筆している山田洋次、撮影は『愛ってなんだろ』の高羽哲夫がそれぞれ担当。山田監督は「いい年して、あいも変わらぬ宿なし、独り者の寅に人並みに幸せを味わせてやろう」とストーリーを練ったという。リリーは最後に気質の寿司職人と結婚するも次回作『寅次郎相会い傘』では離婚してしまう。


 父の二十七回忌に久し振りに戻って来た寅(渥美清)は、さくら(倍賞千恵子)が、満男にピアノを買ってやりたいと言うのを聞き、玩具のピアノを買って来る。さくらは、欲しいのは本物のピアノ…とも言えないままだった。やがてその場の雰囲気で状況を理解した寅は、怒って家を飛び出てしまう。北海道にやって来た寅は、夜行列車の中で、走り去る外の暗闇を見ながら涙を流している女性を見かける。下り立った網走で、寅は列車の女と知り合った。彼女の名はリリー(浅丘ルリ子)といって、地方のキャバレーを廻って歌っている三流歌手であった。互いに共通する身の上話をしながら、いつしか二人の心は溶け合うのだった。リリーと話す事で自分の行く末を考えた寅は、心機一転して北海道の牧場で働くも、馴れない労働で倒れてしまい、さくらが寅を迎えに行くのだった。寅が柴又に戻って来て数日後、リリーが尋ねて来た。抱き合って再会を喜ぶ寅とリリー。そして、皆に心のこもったもてなしを受けたリリーは、自分が知らない家庭の味に触れ、胸が熱くなるのだった。数日後、安飲み屋をしている母親と喧嘩したリリーは、深酔いしたままで寅に会いに来た。だが、寅がリリーの非礼を諭すと、リリーは涙を流しながら突び出て行った。翌日、寅がリリーのアパートを捜し出して尋ねるが、既に彼女は越した後だった。その日、寅はさくらに、自分の留守中にリリーが来たら、二階に下宿させるように、と言い置いて旅に出た。数日後、さくらは、リリーが寿司屋の板前と結婚して、小さな店を出したことを知った。そして寅は、ふたたび北海道の牧場を尋ねるのだった。


 『男はつらいよ』というシリーズは寅さんの成長期である…という筆者の見解は特集1で述べさせていただいたが、寅さんの恋愛の仕方も成長しなくては話しにならない。本作で初登場した浅丘ルリ子演じるリリー篇は、寅さんが対等な立場で付き合える新しいタイプのマドンナであり、ここから寅さんの恋愛パターンが多様化したと言っても良いだろう。二人の出逢いは実に情緒的で、網走に向かう夜汽車の中で暗い外を見ながら泣いているリリーを寅さんが何も言わずにただ優しく見つめるところから始まる。翌日、網走に着いた寅さんが路上でレコードを売っている姿をどこからか見ていたリリーが「全く売れないじゃないか」と話しかけてくる。ここで、いつものマドンナとは違い、リリーも寅さんと同様の浮き草稼業であることが観客にも察しがつく。夕日に赤く染まる港で、海を見ながらお互いの境遇を語り合う二人。このシーンがシリーズ屈指の名シーンとなり得たのは、初めて寅さんが自分の境遇や弱さをマドンナに腹を割って話しをしたからであろう。それまで、寅さんが恋したマドンナはお嬢さんだったり、ひたむきに頑張る母親であったり…言わば寅さんとは正反対の女性ばかりだった。しかし全国のキャバレーを回る売れないドサ回り歌手のリリーは寅さんに最も近い存在であり、寅さんと対等に喧嘩したり窘めたりするのが新鮮であった。我々観客はリリーの身の上をセリフの端々から想像するわけだが、山田監督は全てを説明せずに、こうした観客に想像させて楽しませる余白を作る事で映画の奥行きを作り上げているのだ。
 お馴染みのマドンナを交えた“とらや”の夕食シーンで、寅さんの恋愛話しに盛り上がった後、リリーが「いいな…寅さんって。惚れられるのではなく、私の方から燃えるような恋がしたい」と、つぶやく寂し気な表情が強烈に印象に残る。その夜、寅さんの部屋に泊まる事になったリリーが隣の物置部屋の寅さんに「ねー燃えるような恋をしたい!」と大声で話しかけるシーンは山本直純のBGMと相まって、ヘタな恋愛映画以上のラブシーンとなっていた。それにしても、リリーの問いかけに沈黙のままの寅さんは何を思っていたのか気になるところだ。しかし、二人の破局は意外な形で終焉を迎える事となる。いつもなら、寅さんの暴走によって自滅していたのが、本作では酒に酔い潰れたリリーが寅さんにたしなめられ、「寅さんはアタシの気持ちを分かってくれないじゃないか!」と怒り、姿を消してしまう。まるで、その姿は捨て猫のようである。一時“とらや”を仮の宿にしていながら、また放浪の旅に出てしまう。リリーを演じた浅丘ルリ子の顔立ちと、活舌の良い言い回しが、類を見ない力強いマドンナを生み出し、『男はつらいよ』シリーズにおけるマドンナ像に新風を巻き起こした。
 興味深いのは、前半で描かれる寅さんと“とらや”の家族たちとの一般常識の大きなズレだ。さくらが満男のためにピアノを買いたいけど、なかな手が出せない…そこで溜め息をついていると、寅さんが「だったら俺が買ってやる」と言って玩具のピアノを買ってくる。寅さんにとって高額とは2〜3千円であるという金銭の限界値…普通の感覚ならば、本物のピアノを考えるはずだが、おいちゃんの言葉通り、寅さんはピアノと言えば玩具のピアノしか思い浮かばないというのが可笑しくもあり切なくもある。

初対面のリリーが“私たちの生活はあってもなくてもいい、あぶくみたいなもの”…と、語った時に寅さんの返したセリフが最高だった。「うん、あぶくだ。それも上等なあぶくじゃねえよな。風呂の中でコイた屁じゃないけど背中の方へ廻ってパチンだ」


レーベル: 松竹(株)
販売元: 松竹(株)
メーカー品番: DB-511 ディスク枚数:1枚(DVD1枚)
通常価格 3,591円 (税込)

昭和44年(1969)
男はつらいよ
続男はつらいよ

昭和45年(1970)
男はつらいよ
 フーテンの寅
新・男はつらいよ
男はつらいよ 望郷篇

昭和46年(1971)
男はつらいよ 純情篇
男はつらいよ 奮闘篇
男はつらいよ
 寅次郎恋歌

昭和47年(1972)
男はつらいよ 柴又慕情
男はつらいよ
 寅次郎夢枕

昭和48年(1973)
男はつらいよ
 寅次郎忘れな草

男はつらいよ
 私の寅さん

昭和49年(1974)
男はつらいよ
 寅次郎恋やつれ
男はつらいよ
 寅次郎子守唄

昭和50年(1975)
男はつらいよ
 寅次郎相合い傘

男はつらいよ
 葛飾立志篇

昭和51年(1976)
男はつらいよ
 寅次郎夕焼け小焼け

男はつらいよ
 寅次郎純情詩集

昭和52年(1977)
男はつらいよ
 寅次郎と殿様
男はつらいよ
 寅次郎頑張れ!

昭和53年(1978)
男はつらいよ
 寅次郎わが道をゆく
男はつらいよ
 噂の寅次郎

昭和54年(1979)
男はつらいよ
 翔んでる寅次郎
男はつらいよ
 寅次郎春の夢

昭和55年(1980)
男はつらいよ 寅次郎ハイビスカスの花
男はつらいよ
 寅次郎かもめ歌

昭和56年(1981)
男はつらいよ
 浪花の恋の寅次郎

男はつらいよ
 寅次郎紙風船

昭和57年(1982)
男はつらいよ
 寅次郎あじさいの恋

男はつらいよ
 花も嵐も寅次郎

昭和58年(1983)
男はつらいよ
 旅と女と寅次郎
男はつらいよ
 口笛を吹く寅次郎

昭和59年(1984)
男はつらいよ
 夜霧にむせぶ寅次郎
男はつらいよ
 寅次郎真実一路

昭和60年(1985)
男はつらいよ
 寅次郎恋愛塾
男はつらいよ
 柴又より愛をこめて

昭和61年(1986)
男はつらいよ
 幸福の青い鳥

昭和62年(1987)
男はつらいよ 知床慕情
男はつらいよ
 寅次郎物語

昭和63年(1988)
男はつらいよ
 寅次郎サラダ記念日

平成1年(1989)
男はつらいよ
 寅次郎心の旅路
男はつらいよ
 ぼくの伯父さん

平成2年(1990)
男はつらいよ
 寅次郎の休日

平成3年(1991)
男はつらいよ
 寅次郎の告白

平成4年(1992)
男はつらいよ
 寅次郎の青春

平成5年(1993)
男はつらいよ
 寅次郎の縁談

平成6年(1994)
男はつらいよ
 拝啓 車寅次郎様

平成7年(1995)
男はつらいよ
 寅次郎紅の花

平成9年(1997)
男はつらいよ 寅次郎ハイビスカスの花 特別篇



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