山田洋次監督の名パートナーである脚本家・朝間義隆を語るに当たって神楽坂の旅館“和可菜”を外すことはできない。次回作に取り掛かる時、山田監督と共に籠もってシナリオを書き上げるのが、その“和可菜”であった。9歳年上の山田監督と名コンビとなった朝間が『男はつらいよ』シリーズの脚本を書く時は、まず骨子となる設定を決めて、マドンナとなる主演女優の目星をつける。それから、その女優と何度か食事をして相手の性格やクセを掴んでから、役柄に女優のならではのエッセンスを取り入れるのだ。物語の骨子は山田監督が手掛けて、朝間はアシスタントに徹しているものの、山田監督が出した展開を吟味して咀嚼を繰り返しながら、1本の作品に仕上げていくのは朝間なくしてはあり得ない。山田監督とのフリートークである程度の人物設定から寅さんとの関わり…映画でいうと3分の2まで来たところで、毎回苦しむのが、どのように登場人物たちを終結に持っていくか?登場人物たちを自由奔放に広げていくと予期しない矛盾が生じる事もしばしば。登場人物が多くなればなる程、収拾の付け方も難しくなるわけだ。特に、後期の吉岡秀隆演じる満男篇になってからは、寅さんと満男、2つの恋愛を上手く絡めて描かなくてはならないため、つじつまを合わせるのに頭を悩ませていた。山田監督曰わく「シナリオ作りは、ある結晶体を作る仕事だ。苦しんでいる時は、そのドロドロした液体が結晶しかけて、結晶しない」。この言葉からも、シナリオ作りの生みの苦しみが如何様なものか、推察出来るだろう。これ以上何も出て来ないところにまで追い込みながら、意外とアッサリ解決の糸口が見つかる事も多々あるという。
 志穂美悦子と長渕剛を迎えた37作目『幸福の青い鳥』では、現代の若者を現実的に描かないと深みが出ず、かと言ってファンは、そんな寅さんの物語を果たして見たいだろうか…?というジレンマに陥っていたのだが、「寅さんがマドンナの婿探しをしたらどうだろうか?」という一言から様々なインスピレーションが次々と沸き…。かくして、志穂美悦子演じる若きマドンナは、寅さんが、かつて世話になったテキ屋の親分の娘。父親を亡くし途方に暮れていたところを寅さんが東京で面倒を見てやりつつ、彼女の恋の手助けまでしてあげる…こうして、寅さんが足ながおじさんとなる物語が出来上がった。そこから具体的な執筆作業に入ると、山田監督は60枚のカードを作り、そこに1シーン毎の芝居を書いていくのだ。それらを机の上に広げて、カードを山田監督が読み上げ、ドラマの流れと順番を入れ替え、それを朝間が原稿用紙に書いていく。ここまで進んで製作記者発表の段階になっても、手を加えられるのは常であり、本作でも志穂美悦子が演じる娘は、シリーズ前期で、度々関わっていた旅芸人一座の座長の娘という設定に変更。おかげで、寅さんとマドンナの関係が、より強固なものとなった。こうした変更は、旅館の一室で二人が交わす無駄話の数々から生まれたり、ボツになったりする。事実、話には出てきたが実現しなかった作品も少なくない。中でも、最終作『寅次郎紅の花』の前日談となるリリーが金持ちの老人とインドネシアの豪邸に住み、そこを寅さんが訪ねるという物語が二人の間で交わされていたのだ。実現は、しなかったまでも『寅次郎紅の花』に至るまでのリリーのエピソードとして劇中、語られているのが興味深い。
 『男はつらいよ寅次郎の青春』では舞台となる宮崎を日向から美々津、宮崎…と、シナリオハンティングを行い、“和可菜”に籠もり、昼から夜中まで机にへばり付く日々を送る。夕方にはプロデューサーや様々なスタッフが訪れ、彼らに山田監督は考えたばかりのエピソードを話して反応をうかがっていたという。そんな山田監督と常に頭を捻って物語を絞り出してきた朝間は7作目『男はつらいよ奮闘篇』より脚本の手伝いをしてきている。『寅次郎紅の花』に至るまで実に40作の寅さん物語を作り上げてきたのだ。そんな朝間ですら後に「ずい分長いこと、山田さんのシナリオ作法がさっぱりわかっていなかった」と語っている。それまでは、“人をあっといわせるような、特別の出来事”を物語に入れる事が才能だと思っていたという。だから、たまには柴又が出て来ない作品があっても良いのではないか…という提案を山田監督に常々していた。しかし、毎回同じように柴又が舞台となる意味を理解するのは、ずっと後の事となる。その思いを朝間は、こう綴っている。“誰にでも経験のある世界、登場人物の行動やセリフに「そうだ、そうだ」とつい喝采を送ってしまう世界、笑いながら涙し、涙しながら笑える世界。そういう世界が、ひとりの作家によって持ち堪えられているということがとても驚きなのだと気づいた。”
(「シナリオをつくる」筑摩書房刊より転用)
 朝間義隆が『男はつらいよ』シリーズ以外で山田監督と組んだ作品で印象に残るのは夜間高校を舞台とした群像劇『学校』だ。主役を演じる西田敏行を中心に様々な年代の生徒が集う松竹お得意の庶民派ドラマだ。この作品は山田監督が10年以上も温めてきただけに、シナリオは難航。誰を主人公にして、物語の時間をどのように設定するかで何度も暗礁に乗り上げたという。その結果、生み出されたのが、卒業間近に迫ったひと夜の教室に絞って教師と生徒を描く…という手法だ。一旦突破口を見出すと、2ヵ月間悩み続けた事が嘘のように朝間と山田監督は3ヵ月間でシナリオを書き上げた。こうして完成した『学校』はシチュエーションを変えながら、4作品シリーズ化され各々大ヒットを記録する。その中で描かれている事は、本当に日常的な光景であり、些細なハプニングが起きつつも登場人物たちは、いつもの生活に戻っていく。山田監督が常に言う言葉「大事件はいらない」は、朝間の脚本作りの礎となっている。大切なのは、語り口…それが、どこにでも転がっている素材を素晴らしい物語に変えてしまうのである。日常に起こる小さな事件こそが、我々にとっての大事件であり、それをご近所の人間が集まっては、あーでもないこーでもないと騒ぎ立てる。二人が作り出すキャラクターたちは、観客の身近にいる等身大の人々を描いてきたからこそ、皆が自分事のように感じられ、飽きずに観続けてこれたのだろう


朝間 義隆(あさま よしたか)YOSHITAKA ASAMA 1940年6月29日生まれ。
 宮城県仙台市に生まれ、上智大学文学部を卒業後、松竹大船撮影所演出助手室に入社。山田洋次監督に師事し、『男はつらいよ』シリーズや『遙かなる山の呼び声』、『同胞』など山田洋次監督の作品の脚本を共同で手がけ、『幸福の黄色いハンカチ』ではキネマ旬報脚本賞、日本アカデミー賞脚本賞を受ける。1979年、街で働く若者たちが第九交響曲を一緒に歌うまでのドラマを描いた『俺たちの交響楽』で監督デビューする。その後も庶民の織り成すほのぼのとしたドラマをやさしい視線で描いた作品を次々と世に送り出す。また、脚本家としても山田洋次監督の作品をほとんど共同執筆しているほか、『釣りバカ日誌』シリーズにもかかわり、松竹の誇るヒットメーカーである。2002年、『たそがれ清兵衛』でキネマ旬報脚本賞、日本アカデミー賞脚本賞を受けた。
(Wikipediaより一部抜粋)



【参考文献】
シナリオをつくる

267頁 19.2 x 13.4cm 筑摩書房
山田 洋次 、朝間 義隆【著】

主な代表作

昭和46年(1971)
男はつらいよ 奮闘篇
男はつらいよ
 寅次郎恋歌

昭和47年(1972)
男はつらいよ 柴又慕情
男はつらいよ
 寅次郎夢枕

昭和48年(1973)
男はつらいよ
 寅次郎忘れな草

男はつらいよ
 私の寅さん

昭和49年(1974)
男はつらいよ
 寅次郎恋やつれ
男はつらいよ
 寅次郎子守唄

昭和50年(1975)
男はつらいよ
 寅次郎相合い傘

男はつらいよ
 葛飾立志篇
同胞 はらから

昭和51年(1976)
男はつらいよ
 寅次郎夕焼け小焼け

男はつらいよ
 寅次郎純情詩集

昭和52年(1977)
男はつらいよ
 寅次郎と殿様
男はつらいよ
 寅次郎頑張れ!
幸福の黄色いハンカチ

昭和53年(1978)
男はつらいよ
 寅次郎わが道をゆく
男はつらいよ
 噂の寅次郎
俺は田舎のプレスリー

昭和54年(1979)
男はつらいよ
 翔んでる寅次郎
男はつらいよ
 寅次郎春の夢

昭和55年(1980)
男はつらいよ 寅次郎ハイビスカスの花
男はつらいよ
 寅次郎かもめ歌
思えば遠くへ来たもんだ
遥かなる山の呼び声

昭和56年(1981)
男はつらいよ
 浪花の恋の寅次郎

男はつらいよ
 寅次郎紙風船

昭和57年(1982)
男はつらいよ
 寅次郎あじさいの恋

男はつらいよ
 花も嵐も寅次郎
えきすとら

昭和58年(1983)
男はつらいよ
 旅と女と寅次郎
男はつらいよ
 口笛を吹く寅次郎

昭和59年(1984)
男はつらいよ
 夜霧にむせぶ寅次郎
男はつらいよ
 寅次郎真実一路

昭和60年(1985)
男はつらいよ
 寅次郎恋愛塾
男はつらいよ
 柴又より愛をこめて

昭和61年(1986)
男はつらいよ
 幸福の青い鳥
キネマの天地

昭和62年(1987)
男はつらいよ 知床慕情
男はつらいよ
 寅次郎物語
二十四の瞳

昭和63年(1988)
男はつらいよ
 寅次郎サラダ記念日
ダウンタウンヒーローズ

平成1年(1989)
男はつらいよ
 寅次郎心の旅路
男はつらいよ
 ぼくの伯父さん

平成2年(1990)
男はつらいよ
 寅次郎の休日

平成3年(1991)
男はつらいよ
 寅次郎の告白
息子

平成4年(1992)
男はつらいよ
 寅次郎の青春

平成5年(1993)
男はつらいよ
 寅次郎の縁談
学校

平成6年(1994)
男はつらいよ
 拝啓 車寅次郎様

平成7年(1995)
男はつらいよ
 寅次郎紅の花

平成8年(1996)
学校
虹をつかむ男

平成9年(1997)
男はつらいよ 寅次郎ハイビスカスの花 特別篇
虹をつかむ男
 南国奮斗篇

平成9年(1997)
学校 III

平成14年(2002)
たそがれ清兵衛

平成16年(2004)
隠し剣 鬼の爪



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