魚影の群れ
ここには男と女の人生のクライマックスがある

1983年 カラー スタンダードサイズ 80min 松竹富士
製作 織田明、中川完治、宮島秀司 監督 相米慎二 脚本 田中陽造 撮影 長沼六男 原作 吉村昭
美術 横尾嘉良 音楽 三枝成章 照明 熊谷秀夫 録音 信岡実 編集 山地早智子
出演 緒形拳、夏目雅子、佐藤浩市、十朱幸代、矢崎滋、レオナルド熊、石倉三郎、下川辰平
三遊亭円楽、工藤栄一


 厳しい北の海で小型船を操り、孤独で苛酷なマグロの一本釣りに生命を賭ける海の男達と、寡黙であるが情熱的な女達の世界を描く。過去何度も映画化が意図されながらも壮大なスケール故に見送られてきた吉村昭原作の同名小説を『ツィゴイネルワイゼン』の田中陽造による骨太の脚本を得て、『セーラー服と機関銃』『ションベン・ライダー』で斬新な映像を創造してきた相米慎二監督によって映画化が実現した。六月から九月末日まで全スタッフが下北半島に泊まり込みでオールロケを敢行し、洋上のマグロと主人公の死闘は本物のマグロを使用してリアルな映像を生み出した。また、撮影船に取り付けた海上・海中両用の特殊カメラによって『ふしぎな國・日本』の長沼六男撮影による迫力ある映像が随所に堪能出来る。主演は『鬼畜』『復讐するは我にあり』など多彩な人間像を演じていた緒形拳、その娘に『瀬戸内少年野球団』の夏目雅子が逞しい漁師の娘を好演。その夫に『青春の門』で鮮烈でビューを飾った若き日の佐藤浩市、そして『震える舌』で新境地を築いた十朱幸代が初の汚れ役に挑戦し、主人公とその娘を棄てて男と駆け落ちした女性を堂々と演じ、その年の日本アカデミー賞助演女優賞を受賞している。


 小浜房次郎(緒形拳)は、娘トキ子(夏目雅子)が結婚したいという、町で喫茶店をやっている青年・依田俊一(佐藤浩市)に会った。彼は養子に来て漁師になっても良いと言う。マグロ漁に命賭けで取り組んできた房次郎は、簡単に漁師になると言われて無性に腹だたしく感じた。店をたたみ大間に引越してきた俊一は、毎朝、房次郎の持ち船(第三登喜丸)の前で待ち受け、マグロ漁を教えて欲しいと頼む。十日以上も俊一を無視し続けた房次郎が、一緒に船に乗り込むのを許したのはエイスケ(三遊亭円楽)の忠告に従ったからだった。エイスケに指摘されたとおり、房次郎はトキ子が、家出した妻アヤ(十朱幸代)のように自分を捨てて出て行くのではないかとおびえていた。数日間不漁が続いたある日、遂にマグロの群れにぶつかったのだが、餌がほうりこまれた瞬間、絶叫がおきた。マグロが食いつき凄い勢いで引張られる釣糸が俊一の頭に巻きついたのである。またたく間に血だらけになり俊一は助けを求めるが、マグロとの死闘に夢中だった房次郎の見たのは俊一の憎悪の目だった。一年後、伊布沖でマグロと格闘していた房次郎は、生まれて初めて釣糸を切られ、ショックを受ける。大間港に、すっかり逞しくなった俊一がトキ子と帰って来た。ある日、俊一の第一登喜丸の無線が途絶えた。一晩経っても消息はつかめず、トキ子は房次郎に頭を下げて捜索を依頼する。房次郎は、長年培った勘を頼りに第一登喜丸を発見。俊一は房次郎の読みのとおり、三百キロ近い大物と格闘中であった。重傷を負っているのを見た房次郎は釣糸を切ろうとするが、「切らねでけろ。俺も大間の漁師だから」という俊一の言葉にマグロとの闘いを開始する。二日間にわたる死闘の末、大物は仕留められた。しかし、帰港の途中、俊一は房次郎の腕の中で息を引き取った。


 波光きらめく海を小さなマグロ釣り漁船が走る。津軽にある大間の海は漁師泣かせの荒い漁場というが本作に登場するのは穏やかな海だ。大間の港で右に出る者がいないマグロの一本釣り漁師・小浜房次郎のマグロ漁にかける思いを描く相米慎二監督はドラマチックな展開よりも一人の漁師が静かに釣り糸を手繰り寄せ巨大なマグロを最後の一瞬で仕留めるまでの心理戦に主軸を置いた。原作者の吉村昭は取材を通じて映画化は無理だろうと思っていたというが、それは理解出来る。小さな漁船にたった一人…機械なんか使わず掛かったマグロを自らの腕で引き寄せる。一瞬でも油断すれば糸に身体を巻き付けられ内蔵が破裂して命を落とす事だってあるそうだ。それを俳優にやらせるなんて、確かに無茶な話だ。それ以上に、こんな骨太な男と自然の物語を『セーラー服と機関銃』や『台風クラブ』の相米監督がメガホンを取るというのも意外だったが。マグロの気配を察知した時に見せる房次郎に扮する緒形拳の鬼気迫る演技はそれまで見たことが無い。(完全に瞳孔が開いた表情って演技の域を超えている)何と言っても圧巻なのはマグロの一本釣りシーンだが、中でも中盤あたりで同船した娘婿の佐藤浩市扮する俊一が釣り糸に絡まり瀕死の状態にある横で仕留めかけたマグロを捕らえようとする狂気とも言える異常な執念。驚くのはこのシーンで緒形が引き上げるのは本物のマグロである事だ。(『ジョーズ』のようなアニマトリクスじゃない)地元の漁師が捉えたマグロをそのまま使用しているものの、緒形が釣り上げモリを頭に突き刺すまでをワンカットで見せているのが凄い。緒形が一本の釣り糸を手繰り寄せると紺碧の海中からゆら〜っと、円を描くように浮上してくる深い銀色の巨体。絶対に失敗の許されないシーンに挑むスタッフと俳優の執念が生み出した名シーンだ。
 マグロと対峙する骨太な男の姿と逃げた女房を忘れられないストイックな男を田中陽造の脚本は見事に対比させている。緒形拳という俳優は『社葬』や『継承杯』のように頑固で扱いずらい武骨な性格の中に時折、愛らしい無垢な表情を見せる。本作で演じる房次郎もまた一見すると頑固な漁師で男には強いが女に対して虚勢を張るものの結局は言い負かされて折れてしまう…そんな男だ。印象に残るのは漁から帰ってきた晩の食卓のシーンだ。焼酎を飲みホロ酔いかげんの房次郎は娘にあれこれ小言を言われるのだがノラリクラリと適当に受け流す。後半でも出てくるが着替えは全て娘が手を貸してやる。この一連の所作で房次郎という人間像を明確に表しているのだ。洋上がマグロと向き合う男のドラマだとしたら陸は男と対峙する女のドラマとなっている。かつて若い男と逃げた十朱幸代演じる元婦・アヤは北海道の漁師町でヒモらしき男とスナックを経営している。感情の高ぶりを抑える事なく派手に振る舞うアヤに対して、夏目雅子演じる一人娘・トキ子は自分を棄てた母親のようにはなりたくない…と思いつつも、マグロの事しか考えない父の姿に母の行動を否定出来ずにいる。興味深いのは二人の女性は房次郎しか見ていないところにある。母は房次郎に身体を開きながらも娘の成長を聞こうともせず、娘は瀕死の重傷を負った恋人をほったらかしにした父を憎みながら完全に絆を断ち切る事が出来ないでいる…なのに彼女の中で母の存在は消え去っているのだ。ここに母娘の関係を超越したヒエラルキーが存在しており、画面上で二人の接点は無いのだが目に見えない血のつながりが伝わってくる見事な脚本だ。結果的にアヤから「あんたは人間とマグロの区別がつかないんだ」と吐き捨てられ、娘もまた父に愛想をつかし夫と共に家を出て行く。ラストは夫もまたマグロに執着するあまり命を落とし、海を見つめる夏目雅子の後ろ姿で終わるのが深い余韻を残す。

「ヤマセ吹けば人もいらめくもんだ…昔はヤマセの日に赤げぇ着物着ているもんが、よく出るって喋ったもんだ」相米監督の長回しにも素晴らしい演技を披露する三遊亭円楽扮する漁師仲間のセリフだ。


レーベル:松竹
販売元: 松竹(株)
メーカー品番: DA-332 ディスク枚数:1枚(DVD1枚)
通常価格 3,192円 (税込)

昭和43年(1968)
セックス・チェック
 第二の性

昭和44年(1969)
永訣 わかれ
風林火山
わが恋わが歌
七つの顔の女

昭和46年(1971)
婉という女

昭和48年(1973)
必殺仕掛人
 梅安蟻地獄

昭和49年(1974)
必殺仕掛人
 春雪仕掛針
砂の器
狼よ落日を斬れ
 風雲篇・激情篇・怒濤篇

昭和52年(1976)
太陽は泣かない

昭和52年(1977)
八甲田山

昭和53年(1978)
鬼畜

昭和54年(1979)
復讐するは我にあり

昭和55年(1980)
復活の日
わるいやつら
影の軍団 服部半蔵

昭和56年(1981)
北斎漫画
魔界転生
ええじゃないか
太陽のきずあと

昭和57年(1982)
野獣刑事

昭和58年(1983)
楢山節考
魚影の群れ
オキナワの少年
陽暉楼
 

昭和60年(1985)
薄化粧

MISHIMA:A Life In Four Chapters

昭和61年(1986)
火宅の人

昭和62年(1987)
女衒
吉原炎上

昭和63年(1988)
優駿 ORACION
ラブ・ストーリーを君に
孔雀王
華の乱

平成1年(1989)
将軍家光の乱心 激突
社葬
座頭市

平成3年(1991)
咬みつきたい
グッバイ・ママ
陽炎
大誘拐 RAINBOW KIDS 

平成4年(1992)
おろしや国酔夢譚
継承盃

平成5年(1993)
国会へ行こう!

平成8年(1996)
ピーター・グリーナウェイの枕草子
GONIN 2

平成11年(1999)
あつもの 杢平の秋
流星

平成12年(2000)
殺し

平成13年(2001)
歩く、人

平成15年(2003)
ミラーを拭く男

平成16年(2004)
隠し剣 鬼の爪
Last Quarter下弦の月

平成17年(2005)
ミラクルバナナ

平成18年(2006)
長い散歩
武士の一分
佐賀のがばいばあちゃん
寝ずの番

平成20年(2008)
ゲゲゲの鬼太郎
 千年呪い歌



日本映画劇場とはサイトマップお問い合わせ

Produced by funano mameo , Illusted by yamaguchi ai
copylight:(c)2006nihoneiga-gekijou