MISHIMA : A Life In Four Chapters
1970年11月25日、日本の最も偉大な作家―三島由紀夫が世界を驚愕させた。

1985年 カラー ビスタサイズ 120min ワーナー・ブラザーズ
製作総指揮 フランシス・フォード・コッポラ、ジョージ・ルーカス 製作 山本又一朗、トム・ラディ
監督、脚本 ポール・シュレイダー 脚本 レナード・シュレイダー、チエコ・シュレイダー
撮影 ジョン・ベイリー、栗田豊通 編集 マイケル・チャンドラー 音楽 フィリップ・グラス
出演 緒形拳、坂東八十助、佐藤浩市、沢田研二、永島敏行、利重剛、大谷直子、加藤治子、左幸子
塩野谷正幸、三上博史、萬田久子、烏丸せつこ、横尾忠則、池部良、勝野洋、李麗仙、平田満


 日本映画通であり親日家で知られるレナード・シュレイダーが、同志社大学で英文学の講師をしていた昭和45年に三島事件に遭遇し衝撃を受けた。それ以来、レナードは三島由紀夫の資料を集め続け、昭和50年から映画化を考え始め、弟のポール・シュレイダーと共に三島由紀夫の生涯の脚本を書き始めた。製作総指揮は『ゴッドファーザー』『地獄の黙示録』のフランシス・フォード・コッポラと、『スター・ウォーズ』のジョージ・ルーカスが務め、『タクシードライバー』の脚本で高く評価されたポール・シュレイダーが監督と脚本を手掛けた。三島由紀夫を『楢山節考』『復讐するは我にあり』の緒形拳が演じ、ナレーションを『ジョーズ』のロイ・シャイダーが担当している。本作は三島の幼少期から運命の1970年11月25日までを主軸として『美(beauty)』、『芸術(art)』、『行動(action)』、『文武両道(harmony of pen and sword)』の4つのチャプターを挿入する構成で描かれている。当初、日本でも『ミシマ 11月25日、快晴』の邦題で公開が予定されていたが、右翼団体の一部の抗議等の諸事情により日本では劇場公開されず、ビデオ・DVD化もされていないため「幻の作品」となっている。1985年度のカンヌ国際映画祭最優秀芸術貢献賞を受賞している。


  1970年11月25日の運命の日…三島由紀夫(緒形拳)は秋の日差しを浴びて目を覚ました。ノーベル賞候補と目される文豪になっていながらも学生運動全盛期の1968年、三島は民族派の学生らとともに楯の会という私設軍隊を結成し、自衛隊とともに出動する覚悟であった。しかし社会はそんな三島の思いとは逆の方向へと進んで行った。そして、遂に三島は楯の会の4人と共に、陸上自衛隊市ヶ谷駐屯地に立てこもり自衛隊員たちに決起を呼びかけたのだが…。


 三島由紀夫が昭和45年11月25日、市ヶ谷にある自衛隊駐屯地で自衛官たちに向かって決起を呼びかけた後、割腹という最後を遂げたのが45歳。その15年後に三島を演じた緒形拳は製作当時46歳。俳優として成熟した緒形が三島を演(や)る…その第一報が飛び込んできた時、「これを観なくては間違いなく後悔する!」と、興奮状態に陥る自分がいた。しかも日本映画ではなく監督は『タクシードライバー』の脚本家ポール・シュレイダー、プロデューサーはあのフランシス・F・コッポラなのだ…興奮しない方がどうかしている。それまでは何度も映画化の話は持ち上がっていたにも関わらず、未亡人の故・三島瑤子夫人が頑として首を縦に振らなかったという経緯があっただけに三島由紀夫の生涯を描いた映画の実現はまさに青天の霹靂だった。
 シナリオを作るにあたって三島のどの部分を取り上げるのか…が注目だったがポール&レナード・シュレイダー兄弟が書き上げた脚本はドキュメンタリータッチに三島を追うのではなく、自決の日11月25日と回想シーン、そして3つの小説を挿入したのが意外だった。だが、現実と三島文学のイメージを交差させる事で三島の内面に迫った大胆な構成となっていたのは見事だ。シュレイダー監督は文壇として三島よりも自作の短編『憂国』を自ら監督して映画化したり、ふんどし姿で写真集を出したり…同時の日本人たちが奇異に感じた行動や言動に焦点を当てる。とにかく、三島を演じる緒形が上手い。普段は穏やかでユーモアのセンスに長けていながら時折見せるギラギラした…剥き身の刀のような目つきに得体の知れない怖さを感じさせる。そしてクライマックスの市ヶ谷駐屯地での演説シーンに向けて物語は一気に加速していくわけだが正直言ってシュレイダー監督の構成に不満があった。肝心の演説にロイ・シャイダーのナレーションを被せてしまったのだ。フラッシュバックならまだ許せたのだが緒形のセリフを通しで聞かせてもらいたかった。映画は三島が自決をする寸前で終わるのだが…前日はワザと睡眠と食事をせずに緒形は撮影に臨んだだけあってラストカットの表情は鬼気迫るものがあった。凄まじい雄叫びを上げた緒形の目は真っ赤に充血して(CGではないぞ!)まさに鬼の形相と化したところにズームされて終わる。
 結局、この映画は日本で公開はされなかった。それどころかビデオもDVDも未発売のまま現在に至っている。かろうじてワーナーホームビデオから発売されていた海外版が細々と個人店のレンタルビデオ屋に並ぶだけに止まる。その一方で外国のメディアからカンヌ国際映画祭で大絶賛された…という情報だけが入ってくる。『MISHIMA』は第1回東京国際映画祭で特別上映されるのが決まっていたが反対する右翼団体の一部によって急遽上映を取り止め(この一件から東京国際映画祭に対して不信感が拭い切れない)世界の映像作家(ウディ・アレンやスコセッシ等堂々たる顔ぶれ)が映画祭事務局に抗議文を送るも、芸術文化は政治的暴力の前に屈する事となった。ただ、日本で未だに公開されない理由は別にある…本作の中で三島がゲイである事を示唆するシーンに遺族側が許可しなかったからだが、もうそろそろ何とかならないものだろうか。

「一生懸命泣かせようと思って舞台に出ても皆大笑いするんだ」楯の会発足式で友人から世間の笑い者になる事を危惧された時の三島のセリフ。


ビデオ、DVD共に廃盤後、未発売
昭和43年(1968)
セックス・チェック
 第二の性

昭和44年(1969)
永訣 わかれ
風林火山
わが恋わが歌
七つの顔の女

昭和46年(1971)
婉という女

昭和48年(1973)
必殺仕掛人
 梅安蟻地獄

昭和49年(1974)
必殺仕掛人
 春雪仕掛針
砂の器
狼よ落日を斬れ
 風雲篇・激情篇・怒濤篇

昭和52年(1976)
太陽は泣かない

昭和52年(1977)
八甲田山

昭和53年(1978)
鬼畜

昭和54年(1979)
復讐するは我にあり

昭和55年(1980)
復活の日
わるいやつら
影の軍団 服部半蔵

昭和56年(1981)
北斎漫画
魔界転生
ええじゃないか
太陽のきずあと

昭和57年(1982)
野獣刑事

昭和58年(1983)
楢山節考
魚影の群れ
オキナワの少年
陽暉楼
 

昭和60年(1985)
薄化粧

MISHIMA:A Life In Four Chapters

昭和61年(1986)
火宅の人

昭和62年(1987)
女衒
吉原炎上

昭和63年(1988)
優駿 ORACION
ラブ・ストーリーを君に
孔雀王
華の乱

平成1年(1989)
将軍家光の乱心 激突
社葬
座頭市

平成3年(1991)
咬みつきたい
グッバイ・ママ
陽炎
大誘拐 RAINBOW KIDS 

平成4年(1992)
おろしや国酔夢譚
継承盃

平成5年(1993)
国会へ行こう!

平成8年(1996)
ピーター・グリーナウェイの枕草子
GONIN 2

平成11年(1999)
あつもの 杢平の秋
流星

平成12年(2000)
殺し

平成13年(2001)
歩く、人

平成15年(2003)
ミラーを拭く男

平成16年(2004)
隠し剣 鬼の爪
Last Quarter下弦の月

平成17年(2005)
ミラクルバナナ

平成18年(2006)
長い散歩
武士の一分
佐賀のがばいばあちゃん

平成20年(2008)
ゲゲゲの鬼太郎
 千年呪い歌



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