天使を誘惑
同棲とは、結婚とは… 黙っているとこわれそうな愛。あなたのやさしさをわたしに刻みつけたい。

1979年 カラー ビスタサイズ 109min 東宝
製作 大林宣彦 監督、脚本 藤田敏八 脚本 小林竜雄 原作 高橋三千綱 撮影 萩原憲治
照明 熊谷秀夫 美術 渡辺平八郎 音楽 玉木宏樹 録音 高橋三郎 編集 井上治
出演 山口百恵、三浦友和、大友柳太朗、火野正平、神崎愛、津川雅彦、蟹江敬三、佐々木すみ江
中島ゆたか、岸部一徳、岡本麗、岸田森、比企理恵、結城しのぶ


 同棲について、結婚について、現代の愛のかたちを描く百恵・友和コンビの第十一作目。二人の「恋人宣言」後、初めての作品であり、デビュー作『伊豆の踊子』から5年、様々な愛の形を演じてきた二人の愛が名実共に証明される事となった。メガホンを取ったのは1970年代を代表する青春映画の旗手、『妹』『赤ちょうちん』『十八歳、海へ』の藤田敏八監督。脚本は藤田監督と『もう頬づえはつかない』の小林竜雄の共同執筆、撮影は『伊豆の踊子』から『ホワイトラブ』まで殆どの百恵・友和映画を手掛けてきた萩原憲治がそれぞれ担当。「一作目の『伊豆の踊子』の原点まで二人に戻ってもらい、スターとしてではなく人間、百恵・友和を人間臭く撮ってみたい」という藤田監督の言葉通り、高橋三代綱の原作を大林宣彦がプロデュースという布陣で百恵映画の新たな傑作を生み出した。共演にベテラン大友柳太朗を迎え、蟹江敬三、火野正平ら個性的な実力派が脇を固めている。


 上杉浩平(三浦友和)は親友松田(火野正平)の勤めるクレジット専門店の同僚佐野恵子(山口百恵)と同棲している。翻訳の下請けをしている浩平のかせぐ金だけでは暮せないので、店を辞めてしまった彼女は、フルーツパーラーのウエイトレスをしている。ある日、松田が結婚をするので、浩平に司会の役を頼みに来た。会場で恵子の元上司岩淵と出会い、恵子にちょっかいをだしたことから、乱闘となり、式はメチャクチャになってしまった。ある日、二人のアパートに浩平の父(大友柳太朗)がやって来て、暫くの間一緒に住む事になった。恵子は、気ままに暮らすそんな父から浩平の生き方に共通するものを感じるのと同時に、二人がお互いのことについて何も知らないことを思い知らされた。実際、浩平も恵子も自分の家のことや過去について語ることはなかった。ふと襲ってくる不安、もろく崩れてしまいそうになる感情はそんなことに起因しているのかもしれない。「子供なんて欲しくない」と口癖のように言う浩平は、松田が妊娠させたフミ子という女に付き添って堕胎に行った。そんなある日、妊娠した恵子は、浩平にそのことを告げず、ひとりで中絶する。愛するがゆえに傷ついていく二人。ボロボロにたって部屋を出た恵子を探し廻る浩平。浩平がやっと恵子を探しだした時、二人は遂に確かな愛のかたちを見つけた。


 山口百恵が芸能界に在籍した1970年代は、学生運動も中途半端な形で終焉を迎え、若者たちの心の中は自分たちの力では国は変えられないという失望感に溢れていた時代だ。その反動から群れを成す事を嫌う若者たちが増え、主義主張など持たない(いわゆるノンポリ)個人主義の生活を善しとしていた…それがシラケ世代。本作の主人公・恵子と浩平は四畳半のアパートで同棲を始めるが、やがて恵子は妊娠し独断で中絶してしまう。理由は「子供なんて欲しくない」と口癖のように言う浩平との生活を壊したくないから…未熟と成熟を併せ持つアンバランスなヒロイン像は今まで山口百恵が演じてきた役とかなりかけ離れていた。その世界観はシラケ世代の若者の生態を描き続けてきた藤田敏八(びんぱち)監督らしいと言えよう。現実を冷静に見つめる恵子と対照的に一人粋がって空回りする浩平(三浦友和が好演)とのチグハグな会話から、恵子が浩平に抱く母性が見え隠れする“びんぱち演出”の妙には感服させられる。中でも外泊した浩平に対し(実は浩平は浮気をしたのだが彼女も薄々感づいている)、「もう嫌、こんなの…」と、呟く彼女の表情に思わずドキッとさせられる反面、何故かクスッとしてしまう。今まで山口百恵が演じてきたヒロインは皆、薄幸の少女や悲運の女性が多かったが、本作のように結婚する素振りも見せない浩平に対し、顔を曇らせて愚痴をこぼすデフォルメされていない生身(ニキビが見えるほどの薄いメイクも実にリアル)のヒロインの中に山口百恵の真髄を見た気がした。
 山口百恵が『伊豆の踊子』で映画デビューした年に藤田監督は『赤ちょうちん』で破滅へと向かう貧しいカップルを傷ましく描いていた。田舎から出て来た娘が都会の波に抗おうとするも押しつぶされてしまう物語だ。それから5年後、藤田監督は『もっとしなやかにもっとしたたかに』と本作を発表。共に、主人公がもう一歩結婚に向けて踏み出すカップルへと変わっていたのが象徴的だ。藤田監督は『天使を誘惑』のパンフレットの中で「浩平と恵子の共同生活は同棲空間というより愛と憎しみのある共生空間…」と述べていたが、これは実に興味深い言葉だった。思えば当時は同棲という行為自体、反社会的なモラトリアムな若者の象徴であったわけで、そこには昭和三十年代にあった牧歌的な恋愛ドラマは存在しない。(逆に浩平の父親が親子ほどに歳が離れた恵子の友人とアッサリ同棲を始めるのが笑える)秋吉久美子が『赤ちょうちん』で演じた主人公と本作の主人公が決定的に違うのは恵子は周囲の混乱に全く動じず常に物事を客観視しているところだ。どんなに浩平が感情的に怒りを露わにしようとも仕事仲間の女性と過ちを犯そうとも彼女は泣いたり責め立てる事なく無表情で淡々と事実に向き合う。明らかに本作で挑んだ恵子という役は彼女にとって女優としてのターニングポイントとなるはずだった。恵子が黙って中絶した事を責め立てる浩平に対して自分の思いを吐露する7分にも及ぶ長回しにおける彼女の演技は鳥肌ものだ。折しも本作が公開された前月に三浦友和との交際を宣言し翌年に引退する事になる彼女にとって、結婚観に悩む恵子という役が女優としての最高傑作となった。
 こうした長回しだけではなく冒頭の空撮など本作の藤田監督は映像のギミックを多用しており、視覚的に楽しめる一編となっている。そしてラスト近く…ある誤解から部屋を出て行った恵子を必死に探し回る浩平のカット。画面の片隅に映し出される雪降るバス停でポツンと座る山口百恵の儚げな美しさに思わず武者震いした。

「一緒に苦労するわ…ここで」空き巣に入られ無一文になった浩平に言う山口百恵の表情が心に残る。


ビデオ、DVD共に廃盤後、未発売
昭和48年(1973)
としごろ

昭和49年(1974)
伊豆の踊子

昭和50年(1975)
潮騒
花の高2トリオ
 初恋時代
絶唱
お姐ちゃんお手やわらかに

昭和52年(1976)
エデンの海
風立ちぬ
春琴抄

昭和52年(1977)
泥だらけの純情
霧の旗

昭和53年(1978)
ふりむけば愛
炎の舞

昭和54年(1979)
ホワイトラブ
天使を誘惑

昭和55年(1980)
古都



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