2005年6月の公開からわずか数日で、200万人以上の観客動員と35億円以上の興行収入を記録した『電車男』。新しいタイプのサブカル世代が生み出した純愛物語にいち早く目をつけたのは、当時26歳だった川村元気プロデューサーだ。その後、『デトロイト・メタル・シティ』『陰日向に咲く』などを手掛け、2010年に企画・プロデュースした『告白』『悪人』が日本アカデミー賞を始めとする数々の映画賞を独占、昨年は『モテキ』の映画版を手掛けヒットさせるなど今や日本映画のヒットメーカーである。昨年の“ショートショート フィルム フェスティバル & アジア 2012”(以降SSFF & ASIA 2012)では、そんな川村プロデューサーを講師として招き、若手クリエイターに向けたセミナーを開催。時代を読みヒット作を生み出す極意について自身が手掛けた作品の映像を交えて語られた。ユニークなのはセミナーや講演会を始める前に川村氏が毎回行っている「(来場者の)映画民度を確かめる」ということ。聴講者に向かって、今年、映画館で『ドライヴ』『テルマエロマエ』『別離』を観た人に手を挙げてもらい、どこまで映画に精通しているか?を確認した上で話す内容を変えるというのだ。(何と的を得た三作品だろう!)今回の来場者はかなりレベルが高かったのか川村氏が語る内容はプロデューサーの仕事について、かなり踏み込まれたものだった。
「日ごろ皆さんは、どうすれば面白くなるのか頭を悩ませながら制作をしていると思いますが、実は(完成した映画を)観てもらうところにもクリエイティブが必要なのです」と切り出した川村氏。「この二つがセットになって映画は作られるべきなのですが、最近の日本映画にはちょっと片手落ちになっている作品が多いな…という印象があります」と、いきなり核心をついてセミナーは始まった。11年前に東宝に入社した川村氏は最初の二年間は大阪の東宝系映画館で、もぎり等を経験した後、26歳で『電車男』の企画が通り、ご存知のように大ヒットを記録。「ウチの会社は単純でAPシステム(アソシエイトプロデューサー)というのは無くて、企画を立ち上げたヤツが一番エライという会社なんですよ」つまり川村氏が提案した『電車男』が社内で採用された時点で川村氏が中心となり諸先輩方々が全面的にフォローバックアップ体制を組んでくれるというのだ。では、川村氏はどうやって『電車男』に目をつけたのか?「有名な原作とか監督、プロダクションは先輩のプロデューサーが長い付き合いの中で関係がしっかりと築かれているので、(入社4年目の)僕なんかが入り込める余地がなかった」そこで川村氏が行ったのはWEBをさらう事だった。「当時はWEBの世界を映画化した作品は無かったので、2チャンネルのスレッドをそのままプリントアウトして、全く読めない等と言われながらも(笑)面白いと思ってくれた先輩がいてくれたおかげで制作の運びとなったわけです」こうして、いきなりヒット作のプロデューサーとしてデビューを飾ったのだが、ここで重要なのは誰も目を付けていなかった題材に着目したという点だ。川村氏は、自身の体験から若い社員が面白い企画を持ってきたら僕はいつでもアソシエイトプロデューサーに廻って御輿を担ぐつもり…と語る。
「僕はパワーの8割をプリプロダクションに掛けるタイプ。ポストプロダクションに残りの1.5割、それで現場は行かない(笑)。現場は監督のものなので…」現場に顔を出すと色々言いたくなるので敢えて現場から離れているという川村氏。それでも目に余る事があると直接、意見を言うことはせずに休憩所で、さり気なくボヤいてみせたりして、その後の判断は監督に委ねるそうだ。実は、このテクニックは、映画の現場だけに限らず、分業化される現代社会において有効だったりする。その代わり仕上げの段階となる編集作業で一番、監督とやり合う事になるのだが…。「世界中の映画製作どこでもそうだと思う」という川村氏。「逆にココで意見の衝突が無い映画は一番ダメだと思うんです」出来るだけカットしたくないという監督に対して、客観的な立場で作品を見るプロデューサーの立場がぶつかる場が編集現場というのは、言われてみれば納得出来る。「お互いの意見をぶつけ合う事で、その映画に対する考えを再発見できる。脚本から現場…そして編集と、3回くらい作り直しているようなものです」
いよいよポストプロダクションも終わり、宣伝とDVDなどマーチャンダイジングに移る事になるのだが、「ここからが面白くて、僕はこの映画の広告に関するクリエイティブディレクターになるわけです。だから、ポスターも作るし、予告編もつなぐし…」ちなみにポスターはデザイナーのコンペによって発注先を決定するそうだが、川村氏が提示したコンセプトに則した案と、デザイナーが考えた案(川村氏は、これをフィギュアスケートの競技になぞらえてフリープログラムと称す)を提出してもらっている。ひとつの作品が公開されるまでの全てを企画製作するのが企画プロデュースの仕事なのだ。「自分の作りたいものと、それが世の中にどう見られるか(伝わるか)?を常に考えていられる人しかこれからは生き残れない時代だと思います」
