角川春樹はプロデューサーとしては理論家だが、監督としては夢想家(ロマンチストと言っても良い)だと思う。そして、かなりのシネアストでもある。『犬神家の一族』で角川書店の異端児が角川春樹事務所を立ち上げて(世間で呼ばれている角川映画という会社は無い)映画界に参入するなんて出来事は、いくら斜陽化が進む日本映画とは言え、業界の誰もが歓迎することなく失敗するだろうと思っていた。ところが…フタを開けてみれば、その年の興行収入は13億5千万円という数字を叩き出す大ヒットとなった。いや、角川グループにおける経済効果は単なる映画だけに止まらず、映画の公開に合わせて、一大“横溝正史フェア”を開催した角川書店では、既に過去の作家となっていた横溝正史を大ベストセラー作家にしてしまったのだ。(勿論、文庫の売り上げも上々だったのは言うまでもない)この戦略は角川映画第二弾『人間の証明』でも威力を発揮して、森村誠一ブームを巻き起こす。出る杭は打たれる…正に新興勢力の角川春樹が行った大量のメディアを投下する戦略は、古くから日本映画に親しんできたファンにとっては邪道だったようだ。

 戦後の日本映画界は製作・配給・興行が五社協定のスタジオシステムによって、メジャー大手の独占状態であったが、ちょうど角川春樹が参入した1980年以前から、その体制は崩壊しつつあった。事実『人間の証明』はスタジオとスタッフは日活、配給が東映、興行は東宝系と見事に分かれていたではないか。そこで再び息を吹き返してきたのが戦前は主流だった独立プロだ。角川春樹の言葉を借りれば「映画界(特に興行に関して)は勝ち負けがはっきりして、勝つことだけが善という世界」そしてユニークなのは映画界と出版界は非常に似ており、劇場が書店(小売店)で配給が取次(問屋)…という出版に携わって来た人間らしい考察だ。こうした考え方からも解るように角川春樹はシネアストでありながら映画製作者としては完全な商売人と言えよう。『野性の証明』公開時にキネマ旬報誌上で行われた黒井和男氏との対談で述べていた「映画会社にいる以上映画が好きだということは免罪符にならない。大事なことはいかにその映画が利益を上げるか」という言葉が彼の映画製作に対するスタンスであることは間違いなく、と同時にこうした考えを公然と述べていたことが当時の映画人から反感を買う原因となった(コンテンツビジネスが主流となった現在では当たり前の理屈なのだが…)のも確かだ。常々繰り返し言っていた「いずれ独立プロが主流になる時期が来る」という事が、『野性の証明』によって(配給機構を除けば、製作から宣伝まで角川春樹事務所で行った)自ら現実のものとしてしまった。

 その『野性の証明』をキッカケに、いよいよ薬師丸ひろ子を角川春樹事務所の専属アイドルとして日本映画の頂点に立つわけだが、角川春樹は、当初『犬神家の一族』公開時、市川崑監督と音楽を担当した大野雄二によるキネマ旬報誌上の座談会で開口一番、山口百恵・三浦友和の映画について「ああいう映画は、最悪だと思っている」また、「日本映画でヒットするのはアイドル映画とアニメだけだ」と、ズバリ、アイドル映画を否定していた。その後の角川映画がアイドル戦略に移行した事を考えると意外な発言だったが、『野性の証明』公開時の対談で「自分の行為なり思考なりを風俗にさせなければならない」と述べていたように若者に合わせた映画を作るのではなく角川春樹の世界に全ての人間を引きずり込んでいくのが本当のエンターテインメントでありアイドル映画にシフトチェンジしたのは時代を読んだ結果に他ならない。作品を重ねるごとに、薬師丸ひろ子がスターダムに上り詰めて行くのを機に角川映画はアイドル映画量産時代へと突入する。そんな角川春樹の本気度を象徴する事件があった。『ねらわれた学園』公開時に東宝との間で起きたあの一件である。当初、ジャニーズの『ブルージーンズメモリー』と夏休み映画二本立のはずだったにも関わらず、当時、飛ぶ鳥を落とす勢いだった、たのきんトリオの方に宣伝を注力(まぁ『ねらわれた学園』の方は角川が宣伝してくれるという算段があったのだろうが)それどころか、一部の東宝直営館では『ブルージーンズメモリー』しか上映しない劇場もあり、薬師丸ひろ子を軽く扱われた事に怒った角川春樹は東宝と対立。結果、次作の『セーラー服と機関銃』からは提携を東映に変えてしまったのだ。そして、その『セーラー服と機関銃』が大ヒットを記録して、薬師丸ひろ子の人気は頂点を極め、大阪の舞台挨拶には想定外の来場者に機動隊まで出動するまでに至った。そこでアイドル映画に勝ち筋を見出したのか『里見八犬伝』の製作時にはハッキリと「これは真田広之と薬師丸ひろ子二人のアイドル映画」だと明言している。そして、学業に専念するため休業しがちな薬師丸ひろ子に代わるアイドル女優を発掘するため『伊賀忍法帖』製作時に“角川映画大型新人女優コンテスト”を開催。応募総数5万7000名以上の中から栄冠を勝ち取ったのは渡辺典子だが、もう一人…角川映画のアイドル路線を更なる発展へと導く少女と運命的な出会いを果たす。それが原田知世だった。原田知世に向けた角川春樹の思い入れは強く、応募条件の年齢に満たない14歳の彼女を強く推し特別賞を授賞。テレビ版『セーラー服と機関銃』と『時をかける少女』の主演によって薬師丸ひろ子と肩を並べる角川映画の看板女優となる。次作『愛情物語』では角川春樹自身が監督を務め、完成作品は原田知世のプロモーションフィルムのようでもあった。角川春樹が持つアイドル映画の定義は、アイドルが出ればアイドル映画になるということではなく、その時代に最高の人気を持つスターが出演して初めてアイドル映画と呼べる。『里見八犬伝』の場合、薬師丸ひろ子がやりたくなければ、原田知世に静姫をやらせようと考えていたという。

 王国を形成してきた角川映画も次第に陰りを見せ始め、公開作品が予想の興行収入を下回るようになってきた。そして、最後の切り札として角川春樹が賭けた『Wの悲劇』が公開。大ヒットとまでは行かないまでも、数多くの賞を獲得。皮肉にもビジネスとして成り立たなかった作品が映画人から認められた結果となったわけだ。その後、薬師丸ひろ子は女優業を続ける決意を固めると共に角川春樹事務所からの独立を告げて円満に独立を果たし、ここで角川映画のアイドル路線が終結する。映画をビジネスとして捉えた姿勢から昔気質の映画人から嫌われ、それを自覚しながらも映画への彼なりの情熱を注ぎ続けてきた角川春樹。本来、映画に対してロマンを抱いていたのは監督として発表した作品群を観ると一目瞭然だ。残念ながら、監督としての角川春樹を語るにはスペースが足りないため、今回は角川映画のプロデューサーまでとさせていただく。『汚れた英雄』や『キャバレー』から最近では『笑う警官』に至るまで、プロデューサーとは異なる映画にかける商売っ気抜きの純粋な思いを抱いている角川春樹監督については機会を改めて紹介したいと思う。


角川 春樹(かどかわ はるき 1942年7月8日)HARUKI KADOKAWA 富山県中新川郡出身
 角川書店の創業者の角川源義を父に持ち、國學院大學文学部を卒業後の昭和40年に角川書店入社。編集部長、編集局長などを歴任したのち昭和48年には取締役に昇進。昭和50年には源義の急逝に伴い、角川書店社長に就任した。この間エリック・シーガルの『ある愛の詩』を映画化に合わせて売り出し、ベストセラーを記録。また角川文庫を若者向けに一新して、既に過去の作家となっていた横溝正史のブームを仕掛けるなど出版界の風雲児として注目を集める。昭和51年には角川事務所を設立して映画製作に乗り出して『犬神家の一族』の大ヒットを皮切りに次々とヒット作を連発、角川映画というブランドを確立させた。原作本などの出版物とのタイアップ宣伝や今日では常識となったサウンドトラックアルバムの制作・販売、さらには発展途上にあったホームビデオ販売など常に新しい試みに挑戦を続けた。また絶頂期には薬師丸ひろ子を筆頭に原田知世や渡辺典子といったアイドル女優を次々と輩出し、薬師丸ひろ子ブームは社会現象を巻き起こした。若手監督を次々と起用するプロデューサーとしての手腕を発揮しながら昭和57年には『汚れた英雄』で監督に挑み、昭和63年に監督した『天と地と』において配収50億円を記録している。『REX/恐竜物語』を最後に角川書店社長を解任され、一時は出版界から身を引いていたが平成9年には角川事務所からハルキ文庫を旗揚げ。自ら監督を務める『時をかける少女』のリメイクで映画界にも復帰した。


【参考文献】
角川映画 日本を変えた10年

425頁 18.8 x 12.8cm 角川マガジンズ
中川右介【著】
1,620円(税込)

【主なプロデュース作】

昭和52年(1976)
犬神家の一族

昭和52年(1977)
人間の証明

昭和53年(1978)
野性の証明

昭和54年(1979)
悪魔が来りて笛を吹く
金田一耕助の冒険
戦国自衛隊
蘇える金狼
白昼の死角

昭和55年(1980)
ニッポン警視庁の恥といわれた二人組 刑事珍道中
復活の日
野獣死すべし

昭和56年(1981)
ねらわれた学園
スローなブギにしてくれ
セーラー服と機関銃
悪霊島
蔵の中
魔界転生

昭和57年(1982)
この子の七つのお祝いに
伊賀忍法帖
汚れた英雄
化石の荒野
蒲田行進曲

昭和58年(1983)
幻魔大戦
時をかける少女
探偵物語
里見八犬伝

昭和59年(1984)
Wの悲劇
いつか誰かが殺される
メイン・テーマ
愛情物語
少年ケニヤ
晴れ、ときどき殺人
天国にいちばん近い島
湯殿山麓呪い村
麻雀放浪記

昭和60年(1985)
カムイの剣
結婚案内ミステリー
早春物語
二代目はクリスチャン
友よ、静かに瞑れ

昭和61年(1986)
オイディプスの刃
キャバレー
時空の旅人
彼のオートバイ、彼女の島

昭和62年(1987)
黒いドレスの女
恋人たちの時刻

昭和63年(1988)ぼくらの七日間戦争
花のあすか組!

平成1年(1989)
宇宙皇子
花の降る午後

平成2年(1990)
天と地と

平成3年(1991)
ぼくらの七日間戦争2
サイレントメビウス
天河伝説殺人事件
幕末純情伝

平成4年(1992)
ルビー・カイロ
REX 恐竜物語

平成9年(1997)
時をかける少女

平成17年(2005)
男たちの大和YAMATO

平成18年(2006)
蒼き狼
 地果て海尽きるまで

平成19年(2007)
椿三十郎

平成20年(2008)
神様のパズル

平成21年(2009)
笑う警官

平成23年(2011)
ハードロマンチッカー



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