瀬戸内海に面した風光明媚な港町―尾道には、昔と変わらない幾重にも連なる路地が何本も交差している。この地で生まれ育った大林宣彦監督は、この路地を愛し、遂には尾道の路地を舞台とした映画『転校生』を作ってしまった。大林監督は観光絵葉書のような映画ではなく、子供の頃にさまよった路地裏や坂道、そして石段を撮ろうと考えたという。それが功を奏して、映画から尾道の気配や雰囲気、空気感が伝わってきて思いも掛けない多くの観光客が昔懐かしい風景が残る町尾道へと押し寄せた。

 尾道に住む斉藤一夫…彼のクラスに、ある日転校生がやってくる。その転校生とは、実は幼いころ近所に住んでいた、幼馴染の斉藤一美だった。学校の帰り道、「御袖天満宮」の境内で言い合となってしまった一夫は一美に向かって落ちていた空き缶を蹴飛ばしてしまう。飛んで来た空き缶を避けようとした一美はバランスを崩し、彼女を掴もうとした一夫と共に石段を転げ落ちてしまう。そして、石段の下で目覚めた二人はお互いの心と身体が入ってしまった。カランカランと石段を転げ落ちる空き缶がフワッと空中高く舞い上がり神社の屋根に上がった空き缶が地面に落ちる場面が印象的なモノトーンの場面はゆっくりとカラーに変わっていく。大林宣彦監督の名作にして日本映画の歴史にその名を刻む事になった青春ファンタジー『転校生』のハイライトシーンである。


 ロープウェイ山麓口から裏路地を渡り歩くこと10分足らず…「御袖天満宮」が民家の間にひっそりと佇んでいる。菅原道真が藤原時平の讒言によって左遷され大宰府へ船で向かう際、尾道に上陸して休憩していると、土地の人々が麦飯と酒を供した。道真はこれに感謝して、自らの着物の袖を破り、自分の姿を描いて与えたとされている。道真が天神として祀られるようになると、当地でも延久年間(1069年 〜 1074年)、大山寺境内に道真の袖を神体として祠を建立し、後に「御袖天満宮(みそでてんまんぐう)」と呼ばれるようになった。大山寺は別当寺とされ、天神坊とも呼ばれた。明治時代に郷社に列格した。昭和48年に火災で社殿を焼失し、現在の本殿は昭和58年に再建されている。二人が転げ落ちた石段は、約5メートルの1枚石が55段使われており、最後の1段だけわざと石を継いである。

 毎年、7月中旬(7月25日の直前の金曜日から日曜日までの3日間)は「天神祭」が開催される。初日は「御神輿行幸祭」と「御神輿巡行」、2日目は「勧学祭」および「福引き」や「大道芸」といった地域の人が楽しめるイベント、3日目は「御神輿還奉祭」、「御神輿巡行」が行われ、最後に「勇壮五十五段大神輿還幸の儀」と呼ばれる55段の石段を御輿が登ったり降りたりする行事が執り行われている。

 ちなみに映画のラストシーンで一夫を演じた尾美としのりが自分の身体(男の身体)に戻った喜びを体現するために立ち小便をするが、これはあくまでも映画の中だけで許された事である。

御袖天満宮
■広島県尾道市長江1丁目11-16

 


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