象の背中
最期まで、一緒にいてくれる人はいますか?

2007年 カラー ビスタサイズ 124min 『象の背中』製作委員会
製作 名雪雅夫、松本輝起、早河洋、片桐松樹、島本雄二 監督 井坂聡 脚本 遠藤察男
撮影 上野彰吾 照明 赤津淳一  美術 金田克美  編集 阿部亙英 音楽 千住明 主題歌 ケミストリー
出演 役所広司、今井美樹、塩谷瞬、南沢奈央、井川遥、高橋克実、白井晃、小市慢太郎、
久遠さやか、益岡徹、手塚理美、笹野高史、伊武雅刀、岸部一徳


 日々を忙しく過ごし、生きているという意識さえ忘れてしまいそうな中、今この瞬間を生きていることが最大の幸せで、本当に大切なものが何かを気付かせてくれるのは、どんな時だろう。誰もが迎える死。人はそれに直面した時、自分の鼓動の意味を知る。そして、あらためて自分の人生を振り返る時となるだろう。残りの人生をどう生き、どう死ぬのか。そして家族は、その決断をどう受け止めるのか。そんな「生と死」、そして家族の絆、夫婦の愛のかたちを真正面からとらえた感動作が誕生した。原作は、様々な流行を生み出し、時代の寵児と呼ばれてきた秋元康が手掛けた初の長編小説。監督は、『g@me』『[Focus]』の井坂聡。大人の上質なエンタテインメントとして、本作品でその手腕を発揮している。主人公・藤山を演じるのは、『SAYURI』『バベル』で国際的な評価を受けた役所広司。末期がんで余命半年と宣告されながらも、最後まで自分の人生を全うしようとする主人公に扮し、迫真の演技を披露している。そして妻・美和子には、20年ぶりの映画出演となる今井美樹。死に直面した夫の決意に動揺しながらも、彼の全てを受け入れ、支え続けようとする妻役を演じ切る。また、息子・俊介役に『パッチギ!』『出口のない海』などで活躍する若手実力派の塩谷瞬、娘・はるか役に、今年の高校野球甲子園ポスターのイメージキャラクターを務める話題の新人、南沢奈央が扮するほか、井川遥、高橋克実、手塚理美、笹野高史、伊武雅刀、岸部一徳ら個性と演技力を兼ね備えた豪華キャストが集結し、重厚な感動ドラマを紡ぎ出す。更に主題歌をケミストリーが担当し、情感溢れるエンディングテーマは観る者の涙を誘う。


※物語の結末にふれている部分がございますので予めご了承下さい。
 妻と2人の子供、幸せな家族4人。会社での地位も得て、順風満帆に暮らす48歳の中堅不動産会社部長・藤山幸弘(役所広司)は、今まさに人生の“円熟期”を迎えていた。だが、ある日突然、末期の肺がんと宣告される。余命半年という医師の言葉に戸惑いながらも、藤山が選択したものは、延命治療ではなく、人生を全うすることだった。残りの人生が僅かなら、死ぬまで有意義に生きていたい・・・それは「死」を覚悟するという意味ではなく、「生」への執着。彼は残された時間に、今まで出会った大切な人達と直接会って、自分なりの別れを告げようと決意する。思いを伝えられなかった初恋の相手(手塚理美)、些細なことで喧嘩別れした高校時代の親友(高橋克実)、絶縁していた実兄(岸部一徳)…言い残したことのある人達と再会し、自分が生きてきた時間を噛みしめる藤山。だが、妻・美和子(今井美樹)には、病気のことを話せないでいた。何と伝えればよいのか…23年間ともに生きてきた妻だからこそ、話せないことは他にもあった。家族には、大学生の息子・俊介(塩谷瞬)にだけ事実を話し、母親の美和子と妹・はるか(南沢奈央)を支えるように伝えてあった。だが、彼が会社で倒れたことをきっかけに、その病名は医師から妻へと知らされる。夫が事実を隠していたことにショックを受ける美和子。なぜ延命治療を受けないのかと問う彼女に、藤山は未来ではなく今現在を生きていたいと語る。美和子は思い悩んだ末、そんな夫のすべてを受け入れようと決意する。会社も辞め、妻や子供たちとともに「今」を生きる藤山。そして、夫婦としてあらためて妻と向き合う中、彼は当たり前に過ごしてきた日常が、どれほど幸せなものであったのかを実感し、夫婦でいることの意味を知る。そして二人にとっての「今」が、忘れ得ない、かけがえのない時間となっていく。


 人間って誰もが30代くらいまでは生きていて当たり前、死ぬのは先の事と思っていないだろうか?死を意識し始めるのは、せいぜい定年を迎えてから…。自然に、定年後の計画をあれこれ考えている間は、“自分の死”なんて他人事に限りなく近い。しかし、病は突然やって来るのではなく元気に生活しているつもりの今現在、身体を蝕んでいる事だってありえるのだ。本作を観ながら、何人の人々が人間ドッグに行く事を考えただろうか?ここで描かれている役所広司と同じ年齢層の男性が劇場の殆どを占めていたというのも興味深い。あと半年の命…だなんて医者に告知されたとしたら果たして人間ってどんな行動をとり、どんな選択をするだろうかと物語が進むにつれ真剣に考え始める。本作の役所広司演じる不動産会社の企画部長は、病院に入り延命治療するよりも、残りの時間を家族や仕事のために費やす事を選ぶ。また、今まで生きて来た時間の中で関わって来た人々に会ってわだかまりを無くす旅にも出る。人によって様々だろうが、筆者も多分(気持ちとしては)主人公と同じ選択をするだろう―それでも当事者になった場合、気持ちは変わるかも知れないが…―本作の主人公には2人の子供がおり、自分の病気をあえて奥さんには言わず息子にだけ告げる。父親として男同士として…全てを息子に託すシーンは思わず胸が熱く締め付けられる。そこにある役所の顔は死を受け入れた顔ではなく、短い時間を精一杯生きてやるという清々しさを感じさせる。だからこそ、病名が肺ガンであるにも関わらず、主人公は最後までタバコをやめない。禁煙ブームの昨今だが、そこに主人公の潔さを感じさせる。また、決して主人公は聖人君子ではなく幸せな家庭がある傍ら井川遥演じるコピーライターと不倫を続けている。映画化するにあたり、これって大きな賭けだと正直思う。女性がこのシチュエーションをどのように受け止めるか?しかし、ここで美談にしてしまうと物語全体が嘘くさい物になってしまう。あえて原作に忠実に現実的な設定を残したスタッフの英断を大いに認めたい。
 前述の通り、物語は大きく2つに分かれており、家族や不倫相手、仕事…と、いった現在の主人公の生活を追ったもの。そして、主人公が過去に関わって来た人々にもう一度会いに行き、自分の人生を再確認するもの…。初恋の女性に当時言えなかった想いを告げたり、喧嘩別れした親友と仲直りしたり、涙を誘う要素を散りばめながら、現実は美談ばかりではない事をガツンと見せつけるシークエンスも用意している。死を迎えた人間は「現在と過去」どちらかに目を向け、その中に「未来」を見る事は無いのだろうな…と思っていた。しかし、主人公はその中に、しっかりと「未来」を見据えていた事が後半分る。家を飛び出していた主人公が、残された家族の生活費を計算し、不足分を一度は放棄した父親の遺産を分配してもらうため、お兄さん(岸辺一徳が相変わらず抑制の効いた飄々たる名演技を見せてくれるのがウレシイ)に頼みに行くのだ。そして、全てを完了した時、主人公は家族と共にホスピスに入ってその時が来るのを待つ。なんて幸せな男なんだろう…最後に不謹慎ながら親切で優しい人々に囲まれて旅立てるこの男は幸せだ…と、思った。これは究極のハッピーエンドの物語なのである。

「死ぬまで生きていたいんだ。死ぬ事を考えていたら、いつの間にか、どう生きるかを考えていた」癌の告知を受け入れた役所広司が息子と妻に対して言うセリフ。生きている事実に麻痺していた自分に気付かされる場面だ。



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