ビルと動物園
恋愛も仕事も、いつだって変えられる。あたりまえ過ぎて忘れていたことを、そっと思い出させてくれる物語。

2007年 カラー ビスタサイズ 100min オフィスハタノ、アートポート、力プロジェクト、ギャングスター
制作 波多野保弘、松下順一 監督、脚本、編集 齋藤孝 企画 永井拓郎 撮影 百束尚浩 
美術 佐藤彩 音楽 おおはた雄一 主題歌 おおはた雄一、持田香織 照明 松本竜二 録音 高橋勝
出演 坂井真紀、小林且弥、渡辺哲、山口祥行、馬渕英俚可、森廉、三浦誠己、犬山イヌコ、津田寛治
波岡一喜、日村勇紀、梅沢昌代、河原さぶ、勝村政信


 大手企業のOLをしている原田香子とビル清掃のアルバイトをしている音大生の大村慎。ビルの清掃をしている時に知り合った年齢差のある二人は、不器用ながらも少しずつ距離を縮めていくが、それぞれに悩みを抱え込んでいた。主人公・香子を演じるのは、2008年に入って、立て続けに映画出演作が公開されている『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』の坂井真紀。葛藤する心の揺れ、微妙に変化していく心情を見事に体現し、等身大の女性を瑞々しく好演。そして、もう一人の主人公で、悩める音大生役で好青年を演じ、確かな存在感を示すのは、映画初主演となる小林且弥。また、脇を固めるのは頑固者の父親役で『監督・ばんざい!』を始め、北野武監督作品の常連でもある渡辺哲。朴訥とした中にも温かくて深い愛のこもった娘への台詞は、本作の名シーンのひとつに数えられる。監督には水戸短編映画祭での受賞歴や、本作の音楽も手掛けているおおはた雄一のプロモーションビデオで知られ、日常の些細な幸せを描く作風が注目されている齋藤孝が務め、その才能をいかんなく発揮している。エンディングテーマにはおおはた雄一と“Every Little Thing”の持田香織がデュエットしており、詩情あふれる歌詞と優しいメロディーが映画のテーマを心地良く縁取っている。


※物語の結末にふれている部分がございますので予めご了承下さい。
 大手企業でOLをしている原田香子(坂井真紀)。窓拭きのアルバイトをしている音大生の大村慎(小林且弥)。慎は、窓越しに出逢った香子に一目惚れをする。そんな二人を繋ぎ合わせたのは、慎の先輩である一太(山口祥行)であった。ビルを動物園に見立てて人間観察を楽しむ一太は、香子をテン、慎をキリンとして二人を繋いだのだった。上司の杉浦(勝村政信)と不倫関係の香子は、妊娠中絶を促されたり、デートをキャンセルされたりと、何かと傷つき、日常に疲れていた。ある夜の事、慎からの電話で、二人は居酒屋で飲む事となる。ぎこちない二人ではあったが、慎は次のデートに動物園に誘うのだった。数日後、杉浦の妻の妊娠を知りショックを受けていた香子は、職場の先輩の送別会でしつこくされた男性社員に取り乱してしまう。帰り道、慎に会いに行った香子は公園で慎の演奏するバイオリンと他愛無ない会話に安心感を与えられる。ある日、香子の父・史郎(渡辺哲)が見合いを勧めに上京してくる。香子は慎を父に紹介するが、史郎は慎に「自分の事、将来の事をどこまで考えているか」を問いただすのだった。目の前の事ばかりで大事な事から逃げていた慎は、将来の事に真剣に向き合い、母校で教育実習を始める決意をする。不倫関係に終止符を打った香子は会社を辞め実家に戻り、そこで改めて朴訥とした父の愛情に触れ、東京に帰るのだった。


 最近、やたら40歳を過ぎた(もう死語と言っても差し支えないであろう“適齢期”というやつだ)女性を主人公にした映画やテレビドラマが増えている。テレビドラマ“Around 40”では天海祐希が40歳を迎えようとする女性をユーモラスに好演したばかり。アラフォーなる社会現象を引き起こした。荻上直子の『かもめ食堂』に出てくる小林聡美もある程度、自分の世界が分かってきて新しい居場所を見つけられる年代だった。最近、こうしたオトナの女性たちが若い男性にモテていると聞く。人生を楽しく過ごせる余裕を持っている年代…その姿が男の子たちにはカッコ良く映るのかも知れない。前置きが長くなってしまった…本作に出てくる女性は、まだその余裕の一端すら感じる事が出来ない30歳前(アラサー)のOLだ。ある意味、独身女性にとって周囲が一番うるさく感じる時期が30歳前かも知れない。実際、「まだ結婚はしないのか?」という親戚から矢のような台詞を耳にするのもこの年齢だ。いわゆる適齢期ギリギリの歳…それが30も半ばを過ぎると誰も何も聞かなくなる(それって、勝手に周囲がボーダーラインを引いて諦めたわけ?)のだから勝手なもんだ。坂井真紀演じる主人公・香子は、会社の男性社員と不倫関係(しかも、その男の子供を堕ろしている)にある。だからこそ、結婚という言葉に過敏になってしまう。できちゃった婚で寿退社をする会社の先輩の送別会で、しつこく絡む男性社員に、大人しい香子が怒りをぶつけるシーンが印象に残る。だったら、自分の人生なんだから変えれば?…と、言うのは簡単でも本人にとって踏み切る労力は半端じゃない。いや…逆にこの年齢の置かれている立場ってやつが、実にややこしいのだ。
 そんな彼女に新しい風を運んでくれるのが、将来に悩む音大生・慎だ。映画初主演という小林且弥は、淡々とした演技の中に時たま見せる険しい表情がとてもイイ。娘を心配して出てきた父親に、彼女への想いをぶつけるシーンは鳥肌が立つほど素晴らしかった。そんな父親にしても娘を心配しているが何をしてやればいいのか判らず見合い写真を何の説明もなく郵送してきたり、帰ってきた娘に暖かい言葉も掛けられず、最後に「頑張れー!」と大声を出すような不器用な男(渡辺哲が最高の演技を披露。本当にこの人、上手いなぁ…)なのだ。でも、父親の寡黙な中に娘への愛情が伝わってくるシーンがある。筆者がこの映画の中で一番好きで、一番心を打たれたシーン…何も語らず黙々と娘のために獲ったばかりの魚をさばく。ただ、包丁の音がトントン…スーっとだけ鳴り響く。娘はそんな父の背中を見ながら涙するのだ。たった数分のセリフの無いこのシーンは父と娘の心の会話が映像だけで表現された素晴らしいシーンだ。
 この奇妙なタイトルはビルの窓清掃をしている男の先輩が「どんな動物園よりも人間の生態を眺めている方が面白い」と劇中で言うところから取っている。確かに均一に並んでいるビルの窓の中にいる人間って動物園のオリの中にいるみたいだ。その中で男と女がくっついたり離れたりするんだから考えたら笑ってしまう。もしかしたら、一番面白いのは、30代前後ヒト科オス、メスかも…そんな面白い時期を悩んで悶々と過ごすのは勿体無い話である。

「無防備な人間ほど面白いもんは無いんだよ」山口祥行演じるビルの清掃員が言うセリフ。確かに、どんな動物園よりもオフィスにいる人間の方が面白い。

【齋藤孝 監督作】
フィルモグラフィー

平成16年(2004)
(短編)
トマトジュース
白い鳥
太陽

平成19年(2007)
ビルと動物園



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