リップヴァンウィンクルの花嫁
この世界はさ、本当は幸せだらけなんだよ。

2016年 カラー シネマスコープサイズ 180min 東映配給
監督、脚本、原作 岩井俊二 エグゼクティブプロデューサー 杉田成道
プロデューサー 宮川朋之、水野昌、紀伊宗之 撮影 神戸千木 音楽 桑原まこ 美術 部谷京子

出演 黒木華 、綾野剛、Cocco、りりィ、原日出子、地曵豪、毬谷友子、和田聰宏、佐生有語
夏目ナナ、金田明夫

2016年3月26日(土)全国公開
(C) RVWフィルムパートナーズ


 結婚相手でさえ、ネットの出会い系サイトで探すことが出来る現在、物事を深く考えず、感情を波立たせないように生きてきた一人の女性が、色々な出会いと経験を通して生まれ変わっていく現代版『女の一生』。これまで、女優たちの新たな魅力をスクリーンへと昇華させてきた岩井俊二監督が主演に迎えたのは『小さいおうち』の黒木華。映画に愛される未来の女優を捜すというテーマで行われたオーディションで岩井監督に見出されてから4年…主役の七海を当初から彼女を主演に想定して原作と脚本を書き起こしている。共演は『スワロウテイル』に強烈な影響を受けたという『新宿スワン』の綾野剛が変幻自在の何でも屋・網路を怪演する。また七海の同居人・真白を演じるのはシンガーソングライターで『KOTOKO』での演技を高く評価されているCoccoが演じている。『四月物語』『花とアリス』等、女の子が日常の中で色々な事件や不条理に出会いながら成長していくという岩井監督が得意とするテーマを格差や恋愛の多様化等、現代社会が抱えている問題を浮き彫りにしている。


※物語の結末にふれている部分がございますので予めご了承下さい。
 派遣教員として働く皆川七海(黒木華)。仕事に燃えるわけでもなく、生徒たちにも軽んじられている彼女は、SNSで知り合った鉄也と結婚することとなった。しかし、式に出席してくれる友人や親戚が少ない事から、結婚式の代理出席をなんでも屋の安室(綾野剛)に依頼する。結婚早々、鉄也の浮気が発覚するが、義母・カヤ子から逆に浮気の罪をかぶせられ、家を追い出される。安室は、苦境に立たされた七海に奇妙なバイトを次々斡旋する。代理出席のバイトで七海は里中真白(Cocco)という破天荒で個性的な女性と出会う。続いて斡旋されたのは、オーナーが外遊の間、屋敷を管理する月100万円も稼げる住み込みのメイドだった。屋敷には既に真白が先住のメイドとして住み込んでいた。二人の奇妙な同居生活が始まり、七海は次第に自由な真白に好感を抱いていく。しかし、真白は体調が優れず、日に日に痩せていくが、仕事への情熱と浪費癖は衰えなかった。ある日、真白はウェディングドレスを買いたいと言い出して、二人はウエディングドレスで記念撮影をした後、そのままの格好で屋敷へと戻るのだが、真白には七海に言えない秘密があった。


 どこにいるのか分からないから手をあげてもらえますか?というラインで送られてくる男の指示で恥ずかしそうに周りを気にしながら手をあげる黒木華演じる七海。何か目立つ場所に…と促されポストの前に移動して、同じように手をあげてみせる。ゆらゆらと指を動かす仕草を捉えるカメラ、赤いポストと黒木華の抜けるよな白い肌のコントラストが美しいオープニング。手を振る…という、たったそれだけの行為をこんなにも儚く描く岩井俊二監督…やはり、あなたは天才だと思う。『四月物語』で松たか子が演じた卯月が先輩から借りた傘を返すため雨の中を全力で走ったように、『花とアリス』で蒼井優が演じたキットカットを不味そうにしか食べられないアリスのように、ロックウェルアイズの映画を飾ったヒロインたちと同じくタンポポの綿毛のように初々しく揺らめいていた。
 そんな少女性を持った七海とネットの世界が妙に不自然に映る。婚活出会い系サイトで知り合った男性と初めて対面する日、ネットで手軽に結婚相手を見つけた事に、自身、違和感を感じながらも、それら全ては彼女のハンドルネーム「クラムボン」という別人によって遂行されていく。他人と接しなくても何とかなる現代は、彼女のような人間には生きやすい時代かも知れない。今まで黒木華が演じてきた役は押し並べて、誠実という印象が強い。この誠実さ…が、どの作品を取ってみても彼女(が演じた役の女性)自身を多かれ少なかれ苦しめる。ある時は自分を傷つける厄介な性格であった。『ソロモンの偽証』で生徒の死をキッカケに教職を追われる女教師であったり、『小さいおうち』で女主人の不倫を知ってしまう家政婦であったり…。本作でも彼女はネットで知り合った男性と簡易的に結婚する事に罪悪感のようなものを持ち続け、やがては、簡易的に作られた夫婦生活に対して、いとも簡単に懐疑心を抱かされる罠に陥ってしまう。
 そんな彼女の心の隙をいち早く見つけ、巧妙な仕掛けで罠に掛けてくるのが、綾野剛演じる便利屋の安室。新郎の親族の数を合わせるため、七海が便利屋に結婚式エキストラの依頼をするところから、まんまとターゲットに選ばれてしまう。人と直接つながる事を苦手としてきた七海(だからSNSが重宝する)が、簡単に手に入れた結婚に不安を抱くのも理にかなっている。あっさりと夫の不倫疑惑を鵜呑みにして、不倫相手の恋人と称する男のホテルにノコノコと出向いてしまう浅はかさ…その前のシーンで安室から「貴女から近づいてきたんですよ」とたしなめられるのは、この伏線だったか。
 罠にかけられ、夫の不倫疑惑から一転して、男に会いにホテルに行った事を義母に責められる時、必死で弁明しなくてはならないところで最悪のタイミングでしゃっくりが止まらなくなる悲劇。泣きながら懸命にしゃっくりを止めようとする黒木華の演技は、間違いなく彼女の女優人生で最高のものとなったはず。失意のどん底で彷徨った挙句彼女が行き着いた湾岸地帯の倉庫街で、助けを求めて電話した安室から居所を尋ねられ「私、どこにいるんだろう…」と、我に返るまでの一連のシーンは、彼女の演技から片時も目を離すことができない。

 後半は一転して、現実の世界から非日常の世界へと入り込んでしまう七海を描いている。一人で生きて行くために、安室から紹介されるバイトによって七海は皮肉にもかつて自分が注文した結婚式のニセ親族の一員となるのだが、それはまるでバーチャルの世界に逃げ込んだ現代の“不思議の国のアリス”だ。現実の家族(母は若い男と家を出ている)から見離された七海が、ニセモノの家族に心地良さを感じるのは、あくまでも嘘の世界だから。そこで知り合ったCocco演じるAV女優の真白との家主不在の大豪邸で過ごす奇妙な共同生活は、七海にとって安息の地となるのだが、それも真白が自分の残された時間を過ごすために作り上げた舞台だった…という結末が切ない。ところが…だ、話はそこで終わらない。現実の世界に戻った七海が安室と共に、真白の遺骨を彼女の母親に届けるシーンに、せめてもの救いがあるのだ。母親は、AV女優なんてやっていたような娘の遺骨は引き取らないと、頑として突っぱねるのだが、やがて自らの服を脱ぎ、全裸となって、こんな恥ずかしい事をしていたのか…と、コップいっぱいの焼酎を飲み干し、涙する。母親に扮するりりィの凄味のある演技…この映画を岩井俊二の最高傑作へと高めた鳥肌級の素晴らしさ。

「SNSで彼氏を見つけた。何かあまりにも、あっさり手に入ってしまった」七海がネットでつぶやく。簡単に手に入るものは、失うのも簡単なのだろうか。

【岩井俊二監督作品】

平成5年(1993)
FRIED DRAGON FISH

平成6年(1994)
PICNIC
Undo

平成7年(1995)
Love Letter
打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?

平成8年(1996)
スワロウテイル

平成10年(1998)
四月物語

平成13年(2001)
リリイ・シュシュのすべて

平成14年(2002)
Jam Films ARITA

平成16年(2004)
花とアリス

平成18年(2006)
市川崑物語

平成20年(2008)
ニューヨーク、アイラブユー

平成23年(2011)
friends after 3.11

ヴァンパイア

平成27年(2015)
花とアリス作人事件

平成28年(2016)
リップヴァンウィンクルの花嫁



日本映画劇場とは看板絵ギャラリーお近づきに…

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