だれかの木琴
心の隙間に入ってきた美容師への抑えきれない執着―。
愛と呼ぶにはあまりに危険で切ない、男と女のサスペンス。

2016年 カラー ビスタサイズ 112min キノフィルムズ配給
監督、脚本、編集 東陽一 原作 井上荒野 企画製作 山上徹二郎 主題歌 井上陽水
撮影 辻智彦 美術 露木恵美子 装飾 松尾文子 録音 小川武 音響効果 中村佳央
照明 大久保礼司 編集 大重裕二 衣裳デザイン 宮本まさ江
出演 常盤貴子、池松壮亮、佐津川愛美、勝村政信、山田真歩、岸井ゆきの、木村美言
小市慢太郎、細山田隆人、河井青葉、螢雪次朗

2016年9月10日(土)有楽町スバル座、シネマート新宿ほか全国ロードショー公開中
(C)2016年『だれかの木琴』製作委員会


 ふとした心の隙間に入って来た美容師の男に、どうしようもなく心が囚われていく、ごく普通の主婦の常軌を逸した強い〈執着〉と、そんな女の飢餓感を見つめる男の〈想い〉が重なり合いねじれていく、男と女の関係をスリリングに描いた大人のサスペンス。原作は直木賞作家の井上荒野。メガホンを取るのは『もう頬づえはつかない』、『絵の中のぼくの村』、『わたしのグランパ』などを手掛け、ベルリン国際映画祭銀熊賞を始め世界中で多くの映画賞を受賞している名匠、東陽一監督。主人公小夜子を演じる常盤貴子は、女性が心の奥底に抱える孤独と葛藤を、リアルな狂気と匂い立つようなエロスで繊細かつ大胆に演じ、女優として新たな代表作をここに打ち立てた。そんな小夜子と正面から対峙する海斗を演じるのは、2014年の映画賞を総なめにした、池松壮亮。ほか、小夜子の夫に勝村政信、海斗の恋人に佐津川愛美ら実力派が集結した


※物語の結末にふれている部分がございますので予めご了承下さい。
 「親海小夜子様。本日はご来店、ありがとうございました。」郊外の一軒家に引っ越してきたばかりの小夜子(常盤貴子)は、初めて訪れた美容室の美容師、山田海斗(池松壮亮)からの営業メールを受け取る。「今後ともよろしくお願いします」と返信する小夜子。専業主婦の小夜子は、警備機器会社に勤める夫の光太郎(勝村政信)と、中学生の娘かんな(木村美言)と3人暮らし。仕事熱心で優しい夫と素直な娘に囲まれた家庭に、何の不満もなかった。特に趣味もなく、友だちに会うこともない小夜子は、毎朝2人を送り出した後は、黙々と家事をこなす日々。ところが翌日、海斗は小夜子からのメールに困惑する。新しいベッドが届いたと写真を送って来たのだ。眉をひそめる海斗に恋人・唯(佐津川愛美)は「誘ってんだよ」と言う。だが海斗は何となく、そんな単純なものではないと感じていた。返信しないまま2週間が過ぎた頃、短大のクラス会があるからもう少し髪を切りたいと小夜子が店にやってくる。翌日、ヘアスタイルをほめられたと報告するメールが届く。やがて、返信が待ちきれなくなった小夜子は、海斗のアパートを探し当てて、玄関に苺のパックをぶら下げて行った。数日後、小夜子は「火曜日は休みです」という海斗の言葉を思い出し、引き寄せられるようにアパートへ向かう。ドアの前で一瞬躊躇してから、呼び鈴を押す。近くまで来たという小夜子を招き入れる海斗。「そんなつもりじゃないんです」と慌てる小夜子だったが、部屋へ吸い込まれるように入ってしまう。


 池松壮亮演じる美容師のハサミ使いがエロティックだ。昭和30年代後半より全盛を誇っていたピンク映画の時代から、私はかねてより、映画の中でエロティシズムを出すのなら、美容師を女ではなく男にすべきと思っていた。女性客の髪に櫛を立てて、優しく滑らせる…その間、女は直接、自分の髪の毛を委ねている相手の顔を見ることなく、鏡越しにその作業(ここでは行為と言うべきか)を黙って見つめているだけ…これほどエロティックなシチュエーションは、他の職業で表現出来るものがあるだろうか?なのに、美容師という響きから連想するものは全て女性ばかりで、日活ロマンポルノの時代から現代に至るまで、その固定化されたイメージから脱却出来ないのは不思議としか言いようがなかった。それなのに…だ、御歳82歳となる東陽一監督の豊かな想像力は、心底感服せざるを得ない。久しぶりの新作…感覚がお若いことに驚く。髪を人差し指と中指で軽く挟んで、ハサミの刃を逆立て滑らせるアップ…始まって間もない冒頭シーンだけで、この映画は間違いなく名作であると確信(この先、駄作に転じるワケがない)する。無表情の女の視線がどこに向けられているのか?鏡越しに対峙する男女のスリリングな状況にのっけからヒリヒリする。交わす言葉も少ない二人の間で、こんな湿り気のあるエロスを表現出来るのはベテランだから出せる技であり、若い監督にはこればかりは無理な話しだ。
 客の常盤貴子もイイ。笑顔を見せるわけでもなく淡々と会計を済ませ、仕上がりに満足した事を告げ、お店のカードを貰って出て行く。そして、帰宅した彼女の携帯(ガラケーというところに彼女の日常を垣間見る)に届く美容室からの営業メール。そのちょっと前に、プログラムピクチャー時代に生きた東監督ならではの、観客に余韻を与えない一手を繰り出してくる確信犯的なシークエンスの挿入にも思わず上手い!と唸ってしまった。彼女には夫と中学生のひとり人娘がいる。郊外に一軒家を建てた中流家庭の典型だ。夫の会社で扱っている家庭用のセキュリティーシステムが、帰宅するたびピーピー鳴っては、毎回、彼女はそれを解除する。劇中、娘が父親に「あれって(セキュリティー)必要なのかな?」と問いかける場面がある。父親は現代社会における外部からの危険性を説明するのだが、娘は「外からじゃなく家の中で事件が起きたらどうするの?」と切り返す。娘は“母が女に変わる”予感をしていたのか?それだけに、後半でセキュリティーを解除せずに、けたたましく警報音が鳴り響くリビングで、淡々と家事をする常磐貴子の姿に旋律を覚える。
 美容室からの営業メールに、「ありがとうございました。気に入ってます…」という返信メールを送る女。店でメールを受け取った男は、営業メールに返信する行動を訝しく思う。やがて、店に頻繁に訪れては、他愛のない会話の中から男の住まいや休みの日を探り当てて、買い過ぎて余ったイチゴを男のアパートに置いたりと行動がエスカレートしていく。ただ、忍ぶ恋には発展しなければ、ありがちなストーカーとも言い切れない。やっている事はストーカーだが、彼女の私生活の端々に世間とのズレを感じさせるのが悲しいのだ。営業メールの返信もそうだが、ガラケーで写真の送り方を娘に教わるのも、その写真と言えば買ったばかりのベッドだったり…しかも、何故、彼女は男に惹かれていくのか理由がハッキリしないところがまた物悲しくある。そこに常盤貴子の持つ虚無的な負のエロスが重なり、彼女の心の中を敢えて明かさない事で不思議な感覚のサスペンスが生まれるのだが、どこまでが現実でどこからが妄想なのか…東監督のしたたかなカメラ演出と、時間軸と主観をズラした編集によって、観客はいつの間にか彼女の深淵の内面へと引きずり込まれてしまう。何度か踏切の場面が出てくるが、それが彼女の境界線だったのではなかろうか。きっと彼女は踏切を渡るたび、ゆっくりと理性の箍が外れていったのだろう。また元の日常に戻るのか?と思わせて、ふたたび何かが始まりそうな薄ら寒い気配を匂わせるラスト…東監督、さすがです。

「お家の中が事件になっちゃったよ」母の様子に危機感を感じた娘は父親に訴える。セキュリティーでは心まで守ることが出来ないのか…。

【東陽一 監督】
フィルモグラフィー

昭和44年(1969)
沖縄列島

昭和46年(1971)
やさしいにっぽん人

昭和48年(1973)
日本妖怪伝 サトリ

昭和53年(1978)
サード

昭和54年(1979)
もう頬づえはつかない

昭和55年(1980)
四季・奈津子

昭和56年(1981)
ラブレター
マノン

昭和57年(1982)
ジェラシー・ゲーム
ザ・レイプ

昭和58年(1983)
セカンド・ラブ

昭和59年(1984)
湾岸道路

昭和61年(1986)
化身

昭和63年(1988)
うれしはずかし物語

平成4年(1992)
橋のない川

平成8年(1996)
絵の中のぼくの村

平成14年(2000)
ボクの、おじさん

平成17年(2003)
わたしのグランパ

平成18年(2004)
風音

平成22年(2010)
酔いがさめたら、うちに帰ろう。
私の調教日記
ナース夏子の熱い夏

平成23年(2011)
姉妹狂艶

平成28年(2016)
だれかの木琴



日本映画劇場とは看板絵ギャラリーお近づきに…

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