日航機墜落事故を描いた『クライマーズ・ハイ』を観た時、一人の俳優の演技が頭に焼き付いて離れなかった。墜落現場に乗り込み、あまりの惨劇に精神に破綻をきたし自滅へと向かってしまう地方新聞社・報道部員を演じた滝藤賢一だ。この作品で彼の名前を初めて知った方も多かったのではないだろうか。明らかに常軌を逸し、ボロボロになったシャツで現場から新聞社に戻った彼を観客の誰もが“やばいぞ…”と思ったに違いない。この作品で、一気に全国メジャーに躍り出た滝藤賢一だが、あの危うい演技の向こう側にいる彼とは、一体どんな人間なのだろうか?

 19歳の時に東京へ出て来た彼は、当初、映画監督が志望だったという。「僕らの時代は、世間からやりたい事がない若い世代って言われていて…そんな中で“俺はやりたい事があるんだ”と主張できたのが監督だったんですよね。でも、映画学校には殆ど行かなかったなぁ…。東京にはたくさん映画館あるから映画ばっかり観ていましたね」と笑う。ところが何故か、監督志望であるにも関わらず塚本信也監督の『パレット・バレエ』のオーディションを受けに行く。そこで、実際の撮影現場を前にして自分には監督は向いていないと実感。逆に、初めて演技をした時“あっ、役者をやろう”と思ったのだという。そして、無名塾が募集していた劇団員に受かったのをキッカケに役者への道を歩み始める。「仲代達矢さんに憧れて映画の道に進もうと思ってましたから、無名塾に受かった時は“やった!これで売れる!なんてツイている人生なんだ”って、思いましたからね…入ったら全然違いましたけど(笑)。20代から30歳にかけては役者では全く食えませんでしたからね。何とか続けてこれたのは応援してくれた親とか周りの人たちがいたおかげですよ」

 10年間、下積みとして無名塾の舞台に立ち続けた滝藤賢一に白羽の矢が立ったのは新藤兼人脚本による『陸に上った軍艦』だった。それから四年後、彼にとってターニングポイントとなる『クライマーズ・ハイ』が公開される。「『陸に上った軍艦』が初めてメインでやらせてもらった映画ではあるんですが、やっぱりあの作品は新藤兼人監督の映画なんです。貴重な経験ではありましたけど、役者としてキャスティングディレクターの人たちに滝藤賢一を見てもらえるようになったのは『クライマーズ・ハイ』からでしたね」と語る。確かに、彼が演じた報道部員は主要な登場人物が通常の作品に比べて多い本作の中でも群を抜いて印象に残る役だった。それだけに、この役のオーディションがある事に驚いたという。「正直、これだけの役ですから、メジャーな人で決定していると思ってました。勿論、オーディションの時は取りに行く気満々でしたけどね…この役が取れないと二度とこんなチャンスが廻って来ないと思ってましたから。それだけに、僕に決まった時は本当にびっくりしましたよ」一ヵ月前に台本を受け取ってからクランクイン直前まで、プレッシャーで食事も睡眠もまともに取れなかったという。「僕は、“役作りをやりました”って、あまりインタビューを受けても言わない方なんですが、この役については、もうムチャクチャやりましたね。スタッフも一流の方が揃い、出演者もそうそうたる顔ぶれの役者さんばかりで、皆さんからみたらこっちは素人みたいなもんでしたからとにかく胸をお借りするつもりで挑戦していこうと…。そしたら僕の演技を全部、堤真一さんがガンガン受けてくれたんですよね…それが本当にありがたかったです」と当時を振り返る。

 独特のセリフの言い回しや抜群の間の取り方に常々、センスの良さを感じさせてくれる滝藤賢一。特に『クライマーズ・ハイ』は一人の普通の若者が墜落現場の修羅場に遭遇した前と後で人格が豹変してしまう難しい役だっただけに違いを見せる事に一番気を遣ったという。「同じ役でも前半に出て来る男は、どこにでもいる普通の男という事をキチンと見せないと後半の狂気が活きてこない…普通に見せるのが一番難しかった」と語る。『陸に上った軍艦』で演じた森川という兵隊にしても、ただ妻を心から愛している男…というだけなのだが、妙に生々しい人間の本質が見え隠れする。入浴外出で一泊の許可を与えられた彼が、久しぶりに逢えた妻の体を激しく求める表情と行動がユーモラスでありながら、反面、極限に置かれた人間の狂気を見事に表現されていた。

【滝藤賢一出演作品】

平成11年(1999)
BULLET BALLET

平成13年(2001)
白い犬とワルツを
助太刀屋助六
LAST SCENE

平成15年(2003)
ゴジラ×モスラ×メカゴジラ

平成19年(2007)
象の背中
陸に上った軍艦
ドリブラー

平成20年(2008)
天気待ち
クライマーズ・ハイ
フィッシュ・ストーリー
笑え

平成21年(2009)
蟹工船
ハゲタカ

平成22年(2010)
ゴールデンスランバー
完全なる飼育
 〜メイド、for you
Pluto



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