日本の漫画界に「劇画」という作風を初めて取り入れた作家・辰巳ヨシヒロ氏の半生をシンガポールの映像作家エリック・クー監督の手によって描かれた『TATSUMI』が2011年東京国際映画祭アジアの風部門にて公式上映された。辰巳氏の自伝漫画である『劇画漂流』をベースとして5本の短編作品を交えた本作は、既に2011年カンヌ国際映画祭「ある視点部門」オフィシャルセレクション出品作品として世界のメディアから注目を浴びたばかり。そして、俳優でありショートショート フィルムフェスティバル & アジアの主宰として、次世代のクリエイターを数多く輩出している別所哲也氏が一人七役を演じる声優として参加。一人の俳優が全く異なる複数のキャラクターを対話式で演じる難しい試みでありながら見事に全てのキャラクターに命を吹き込んでいる。 今回、ジャパン・プレミアとなる舞台挨拶に先立って、原作者・制作者・演技者…各々の立場から作品についての話しを聞く事が出来たので紹介させていただく。

 何故、シンガポールの映像作家エリック・クーが日本の劇画を映画化しようと思ったのか?それは、エリック監督がマンガ家だった頃に遡る。友人から勧められて先生の作品に出会ったエリック監督は今までに無かった衝撃を受け、以降に手掛けた短編映画にも多大な影響を与えたと語る。そして2008年カンヌ国際映画祭のパルムドール候補としてエリック監督の『マイ・マジック』がシンガポール映画として初めてノミネートされたのを契機に、自身の創作活動の原点ともなる辰巳ヨシヒロの作品を映画化しようと思い立つ。時を同じくして『劇画漂流』の翻訳版が出版された2009年の事「そこで辰巳先生の漫画に懸けた人生を知り、どうしても映画化しなくては…と、辰巳先生とコンタクトを取ってもらうよう日本の友人に連絡したのです。」今でも辰巳氏から“合いましょう”と初めてもらったメールを大切に保存しているというエリック監督は、すぐさま映画化への思いを綴ったスケッチブックを携えて来日。何と3時間も掛けて辰巳氏に構想を説明したという。「先生から許可をいただいた帰り道はすごく嬉しかったのですが、同時にアニメを初挑戦する緊張感が沸き起こったのも事実です。」と、当時を振り返る。

 辰巳ヨシヒロという劇画作家の自伝と同時に日本の戦後史とも言える側面を持つ原作を映画化するにあたって、どうやってまとめるかが課題だったというエリック監督。更に大好きな5つの短編を本筋のストーリーに絡め、辰巳ヨシヒロという人物像と、どのようにして力強い作品が生まれたのかを深く掘り下げてみようと構想を練った。「両者をどうやって繋げていくか…」エリック監督は『劇画漂流』の各シークエンスと短編作品を整理するという準備作業に多くの時間を費やす。その結果、作家の心理と時代背景が作品にどんな影響を与えたのかが明確になり、正に本作はタイトルが示す通り辰巳ヨシヒロの劇画人生そのものをリアルに描いた映画となったのだ。「映像化する際にどうしても分からない部分は辰巳先生に質問したり相談したり…かなりご迷惑をお掛けしました」と語るエリック監督だが、構想が固まってからは、昔の雰囲気(風合いと言った方が良いだろうか)を出しつつも新しいイメージを構築するためスタッフと連日協議を重ねたという。その後、各シークエンスのトーン等、骨子となる調整に4ヶ月、その後8ヶ月を掛けてアニメーションを完成させた。業界では早撮りで知られているエリック監督だが、「原作の世界観を忠実に再現する」というこだわりから企画から完成まで1年半もの歳月を費やした。「多分、最初の4ヶ月で基本をキッチリと固めていなかったら制作が上手く行かなかっただろう」という言葉通り、荒々しいペンのタッチや細部まで描きこまれた背景等、全編に渡って辰巳ワールドが鮮やかに再現されている。

取材:平成23年10月23日(日)株式会社パシフィックボイス スタジオにて


エリック・クー/Eric Khoo
1965年、シンガポール生まれ。映画製作会社Zhao Wei Films主宰。オーストラリアのシティアートインスティテュートで映画製作を学び、兵役を終えてからマンガ家、そしてTVCM製作の仕事のかたわら、短編映画製作を開始。95年の長編処女作『Mee Pok Man』がヴェネチア国際映画祭とベルリン国際映画祭で上映され、08年『My Magic』ではインド人父子家族の普遍的な愛を描き、第61回カンヌ映画祭最高賞パルムドールにシンガポール映画として初めてノミネートされた。『劇画漂流』をベースに60年代後半から70年代初頭の短編を交え長編アニメーション化した『TATSUMI』は、カンヌ国際映画祭にて公式上映(オフィシャル・セレクション「ある視点」部門)されている。



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