社内で孤立気味で、冴えない上司と不倫関係にある山田真歩演じるOLがTwitterで呟く。

 「あたしのこんな感情、誰も興味ないんだ」

 ショートショート フィルムフェスティバル & アジア 2013(以降SSFF & ASIA)ミュージックShort部門にエントリーされたクリープハイプの楽曲“社会の窓”をモチーフとしたショートフィルム『あたしの窓』の一場面だ。監督したのは、去年『アフロ田中』にて長編映画デビューを果たした松居大悟。ライブ当日のクリープハイプと主人公のOLを巧みに交差させて感動的なラストを作り上げた松居監督にお話を伺うことが出来たので紹介したいと思う。

 演劇ユニット“ゴジゲン”の主宰者である松居監督が描く登場人物たちは、一様に不器用にしか生きられず、本人もそれを自覚して、そんな自分に苛立ったりコンプレックスを抱いている者たちばかりだ。「僕の作品に出てくる登場人物たちは、正直どうしようもない人たちです。上司と不倫しているOLも意中の女の子に思いを伝えられない青年も、本当にダメな人間ばかり(笑)。みんな自分の事しか考えておらず、それで全然上手く行かなくて空回りしている。僕は、そんな人たちを“それでもイイじゃない”って肯定してあげたいんです」と松居監督は語る。だから『あたしの窓』の前編(姉妹編と言うべきか)『イノチミジカシコイセヨオトメ』のピンサロ嬢も然り、『アフロ田中』の親友たちも然り…現状の自分を変えたいと頭ではわかってるが周りに流されてしまう。松居監督はあえて結論めいた締めくくり方はしない。現在の自分のまま人生を続行していく(…しかないんだろうなぁ)というラストにある種の安堵感を抱いてしまうのは、正に“それでもイイじゃない”と肩を叩いてくれているからかも知れない。

 「ドラマとか見てると、不器用な人を上から目線で描いている作品になんか抵抗感じてしまって…。物語を盛り上げるために、その人の気持ちを操作したくないんです」と松居監督は言う。「観に来たお客さんが、せっかく登場人物に共感してくれているのに、ラストで主人公が成長してハッピーエンドを迎えたら、きっと裏切られた感覚に陥ると思うんです。僕の映画を見て“自分は大丈夫だ”って安心してもらいたい。不器用な生き方に寄り添いたいんです」そうだ、『アフロ田中』の主人公・田中広もラストで、しょうもない勇気を出してしまいヒロインに蹴りを入れられてしまう。しばらくうずくまって泣いていた田中は、友人に携帯電話をかけながらケロっと立ち上がって進み始める。そこには主人公の成長を感じさせるようなドラマチックな要素は一切なく、変わらない日常を受け入れつつ前進する姿のみ描写している。『あたしの窓』の主人公もかろうじて間に合ったライブのアンコールで自分は独りじゃなかったと気づき、号泣するシーンで暗転する。一見、ハッピーエンドのようでもあるが、その先で彼女の生活や性格がガラリと変わるとは到底考えられない。でも心の片隅にちょっとだけ救いのようなものが出来て、それを糧に生きていければ、それはそれで良いのではないかと思ったりもする。それが、松居監督の言われる「肯定」なのだと思う。

 元々、クリープハイプのヴォーカル尾崎世界観と親交が深かった松居監督。「僕らは、あまり人と交流をせずにやってきたから、そんなに仲間が多くいないんです。腹が立ったりイライラしたり、バカヤローと思いながら創作をしていたんですけど、尾崎君もなんとなくそういう感じがあったので、よく話すようになりました」古い日本映画が好きという共通の趣味を持っていた二人は、ミュージックビデオや短編映画を作る話で盛り上がったのがキッカケで前作のショートフィルム『イノチミジカシコイセヨオトメ』とミュージックビデオ『オレンジ』を制作する。続く『あたしの窓』ではストーリーに合わせた歌詞を書き、更にその歌詞を基に脚本を調整していくという作業を二人は繰り返した。「こういう脚本が出来た、こういう歌詞が出来たよって互いに見せ合った時に、こういう歌詞なら脚本をこんな感じで直す、こういう脚本なら歌詞をこうするよって、かなりシンクロさせたんですよ。脚本と歌詞をリンクさせるために何度もコミュニケーションを繰り返して…これって、お互い信頼していないと出来ないですよね」

【松居大悟監督作品】

平成22年(2010)
ちょうどいい幸せ

平成24年(2012)
アフロ田中
イノチミジカシコイセヨオトメ

平成25年(2013)
あたしの窓
男子高校生の日常
自分の事ばかりで情けなくなるよ



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